本気は愛の証で
ここはとある宿屋の一室。
そこには少年が二人。
本をぱらぱらとめくる音と、一人の少年の声だけが、響き渡っていました。
「なぁ」
「なぁなぁ」
「なぁなぁなぁ」
「な―――…」
「うるさいぞ、リッド」
何の用だ、さっきから。文字を追う視線を上げずに尋ねる。
もういい加減無視するのも疲れた。奴には効果がないのだ。
「だから、さっきから言ってんだろ」
ふて腐れた声と共に、ばふっと音が聞こえた。
先程からだらし無くベッドに寝転んでいたから、きっと身を起こしたんだろう。
「…しようぜ?」
「っば、ばか言うな変態。ぼくは今読書中だ」
「時間取らねぇからさー」
相手にすると、すぐにこれ。
いつの間にか背後にやってきて、抱き着かれる。背にへばり付いてくるそいつをしっしと手で払った。
「お前は…せっかく宿に泊まれたというのに、休息をとれ。休息を」
「久しぶりの宿だから言ってるの。お前、地面だと痛がるだろ」
振り向き睨み付けると、反省の色なしの肩を竦めたリッドがいた。
押し切られるつもりはないと更に視線をきつくして意思表示をする。
「地面に叩き付けられれば、誰でも痛がるさ。痣も出来るし…あぁ、もう、ああいう所ではやらないからな!!」
思い出すだけで腹が立つ。
野宿で気分も悪かったというのに、突然。本当に突然だ。外だし。だから抵抗したのに。
腰が痛いだけならまだしも、頭にこぶはできるし背中も手も足も擦り傷やらなんやらで、最悪だ。
以前それを抗議したら、『お前が抵抗するから』だと言った。なんてやつだ!
「俺の休息はお前がいないとダメなの」
「…ばか、ふざけた事を吐かすな」
追い払ったばかりなのに、またへばりつく。手を突っ張って除けた。
「ふざけてなんかねぇよ?俺は何時でも本気だぜ」
「ふん、どうだか。ぼくはお前が本気になった所なんて、今一度たりとも見た事ないね」
いつだってそう。人と会話をしている時でも、戦闘の時でさえ。
強いて言うなら、食事時。ああいうのは、野性の能力とでもいうのか。
己の本能のままに、空腹を満たす為に、食って食って食いまくる。
さらに、自分の物だけでは飽き足らず、あわよくば、人の物さえも奪う。
どうせ、ぼくだってそれらと同じ。
食欲同様、性欲を満たすための道具に過ぎないのだろう。
そう思うとなんだか急に気持ちがしょげて、顔を背けた。
「お前はいつも本気じゃない…ぼくに対しても」
ぼくは、本気でお前のこと。
「…お前さ、本気でそれ言ってんなら怒るよ」
それなのにお前ときたら、いつもする事しか考えていない。
「誘ってんなら、応じますケド?」
息が触れそうな程に顔を引き寄せられた。
「な、何だよ。誘ってなんかいない!」
不穏な空気に今更ながら気付き、拒絶の意を含め睨みつける。
「…そうやって、表情ころころ変えられるとさ。全部暴き立ててやりたくなる」
…―――唐突に重ねられた唇。
「…止めろって、言ってるだろ!」
思いの外押し返す力が強かった事と、そのまま流せるだろうという彼の甘い考えの為に、リッドの腕から抜け出た。
「…ばかっ!」
部屋から飛び出した。
そして室内には、
「…何だよ、本気で」
立ち尽くしたリッドだけが残ったんだ。
「………」
「………」
「コレ、美味しいよ〜♪な、リッド?」
「…ああ」
「き、キールもそう思うなっ。な?」
「…そうだな」
「や、やっぱり〜、リッドもキールもお揃いよぉ♪」
っち、舌打ちが聞こえる。
顔を上げると「バイバ!ふぁらぁ」と今にも泣き出しそうなメルディがいた。
「二人とも…何があったか知らないけど、ぴりぴりするのは止めなさい!」
「すまない、ファラ。ちょっと本屋に用事があるんだ」
ごちそうさま。そう言って、そうそうと出掛けるキール。明らかに聞こえているのに、返事をしない。
諦めてリッドを見ると、彼は黙々と食事を進めているだけだった。
「ねぇ…リッド、何があったの?」
「別に、何もねぇよ」
「…珍しいなぁ」
二人の間に何かあったのは確実。こうした時、普段であれば、リッドは必ず仲たがい解消方を相談してくるはずなのに。
「…メルディ」
「はいなっ。リッド、何か?」
「…は確か…ク…オスと…スタル…」
「そうよ〜」
「分かった、サンキュ」
もしかして、今回は解決出来そうなのかな?
もう少し様子を見ていることにしよう。
「…もう、世話が焼けるなぁ」
毎日のように求めていていた彼が、ここ二週間、話し掛けても来なかった。
野宿だと言ってテントで寝ていた時も、彼はそこにはいない。
宿をとれても、二人きりになれば必ず部屋から出ていく。
“いつもなら”
いつもなら、どんなに自分が悪くても、リッドから近付いてくれるのに。
本を読むにも、頭に入らない。静かなのに、落ち着かない。集中出来ない。
それは何をしていても同じ事で、まさかそれがこんな結果をもたらすなんて考えもしなかった。
「魔神連牙斬!」
舞うように剣を振るう彼の背中を見つめていた。
次々と敵を薙ぎ倒していく姿に見とれていると、
「あ、」
振り向いた。
久しぶりにあの空色の瞳とかちあった。
“ばかだ、泣きそ…っ”
目が合っただけで、じんわりと心が温かくなった気がした。
だから、気が付けなかった。
「キール、後ろ!」
叫ばれたのは自分の名。
「な、」
咄嗟に振り返る事も出来ず、気付いた時には身体が中に浮いていた。
瞬時にたたき付けられる背中。激しい痛みに見舞われた末、薄目に見えたのは。
「りっ、ど」
「キール!!」
ぼくから拒絶したのに、やっぱり、
「キールっ!!!!」
それでも駆け寄ってきてくれるお前が、
「、……」
好き、な、ん、だ。
「ん、」
「…キール?」
眩しい。
紅いふわふわしたものが霞んだ視界に入って、顔をくすぐる。
「大丈夫か?」
それは、太陽みたいに、明るい光。
「キール?」
瞬きを目をするうちに、それはリッドだと分かったから、
「リッド…」
呼んでみた。
とても、久しぶりに。
「…何考えてんだよ」
ふーっ、呼ばれた彼は脱力したようにベッド脇の小椅子に腰掛けた。
「戦闘中にぼけっとすんなって。心配したんだぞ」
「ごめん」
「ま、無事ならいいんだけどな」
そう柔らかく微笑んで、ポンと頭に手が乗せられる。が、はっとしたようにその手が離れた。
「…俺、ファラ達呼んで来るわ」
目覚ましたら呼べって言われてたんだ、そう言って立ち上がり去って行こうとする。怒られちまうよ、と笑ってはいるが、ぎこちなさが残るもので。
「リッド!」
手を伸ばして、腕を掴む。
「逃げるなよ…っ」
離したくなくなる、あんな温かい、頭を撫でるその手を。
「リッド、ぼくは―――…」
「キール」
離せよ、静かに告げられて息を飲んだ。
“…でもここでひいたら、きっと一生彼に触れる事が出来なくなる”
彼の酷く真剣な顔にくじけそうになりながらも、掴んだ腕を引いて抱き付く。久しぶりの彼の体温に、やっぱり涙が出そうになった。
「…もう言わないから。わがまま、言わないからっ」
肩に彼の手が掛かって引き離されそうになるから、いやだと首を振って叫ぶみたいに言葉を発する。
「お前、なに言って…」
やはり自分とは違う、日焼けした頬を、震える両手で覆って、
「性欲処理でも何でもいいから」
唇を、
「っ!?」
重ねた。
「側に居させてくれ…」
耳を甘噛みされ、そのまま舌で撫で上げられた。
ふっ、と湿った耳に息を吹き掛けられる。
「言っただろ。俺、お前の事だけはいつでも本気だから…キール」
「っ!」
「だから、泣くなよ」
お互いの額から感じる温もりと、真っ向からの真摯な瞳に、不覚にもまた、心を奪われた。
「ぁっ、あぁ…っん」
ちゅ、っと光景にそぐわない音を立て、先の方に唇を寄せられる。
「ぅあ…はっ」
湿った音と共に、独特の匂いを発する先走りまでが零れ始め、目に涙が滲んだ。
「ぁ、あぁ…ん、ん」
唾液だか精液だか分からなくなる程、交じり合う。
身体全体の痺れが、絶頂を迎えそうになると、それをさっしたかのように激しく扱かれた。
「ゃ…ん、ぁぁあ!」
絶頂を向かえて乱れた呼吸を調えていると、リッドはタオルで身体を拭ってくれた。
未だ服を脱がない彼に、どうしたのだろうと首を傾げる余裕が出来るようになった頃。
「キール、これやるよ」
リッドは革製のポーチから小さな箱を掴み上げ、中からチェーンのついた淡い緑に光る物を取り出した。
「こ、これは…ムーンクリスタルじゃないか!」
「そ」
何故こんな高価な物を、あっけらかんとしたリッドに驚きを隠せない。
「俺のは、これ」
そう言って、もう一つ手にとる。
「…ブラックニキオス」
「そ」
にかっと人の良さそうな笑みを浮かべる彼。
「インフェリアでは指輪だけどな。ここ、セレスティアだろ?」
「お、お前…意味を」
「ん、あぁ。前にペアで持ってる奴らが居たのを見たファラが、メルディに聞いてさ」
『ねぇ、メルディ』
『はいな♪ファラ、何か?』
『あの人達、皆同じ宝石付けてるみたいけど…』
『そうよ〜♪ブラックニキオス、ムーンクリスタル。結婚した二人がお互いに贈り合う、愛の証』
『へぇ〜、素敵だねぇ。インフェリアで言う結婚指輪なのね』
『いつかメルディも欲しな〜』
『ふふっ。素敵な人と巡り会えるといいね』
『はいな♪』
『…ん?アレ、男同士じゃねぇのか?』
『そうよ?男の人が女の人多いケド、好き同士結婚する。当たり前』
『えっ、そうなの?』
『はいな。愛し合う二人、結婚するのおかしいか?』
『ううん。違うの…そうね、確かにおかしくないわ。でもね、インフェリアでは同性は結婚出来ないのよ』
『バイバ!お互い好き同士、結婚出来ないのか?変よ〜』
『う〜ん、ね』
「…婚姻を示すもの、だぞ」
「分かってる。だから、お前に渡すんだ」
「…本気、か?」
「冗談でこんな高い物買ったりしねぇって」
こうでもしねぇと、信じねぇだろ?と言う瞳は透き通った水色。
「それと、俺は、溜まってるからキールを抱くんじゃねぇよ。好きだから、触れたくなるし、良くしてやりたくなる」
「お前が望めば、どこだって行くし、なんだってする」
「お前が触れて欲しくないって言うなら、」
「もう、触れない」
「リッド、お前…この二週間僕に近寄らなかったのは、もしかして」
「今、キールの抜いちまったけど、俺はやらないから」
「…だって、それじゃあ、リッドが辛いだろう…」
「性欲処理の道具なんかじゃねぇもん、お前は」
「お前が、気持ち良ければ、いい」
「愛してる…キール」
「ぼく、も…っ」
カチャ、未だ上下衣服に包まれているリッドの下の方に手を伸ばし、ベルトをはずす。
「おい、キールっ」
そろそろと指が伸ばし、柔らかく触れる。
もうずいぶんと張り詰め、ぎゅうぎゅうになったカレに唇を寄せて、キスをしてみた。
いつもリッドはどうやっていたか…一つ一つ、思い出していくみたいに、した。
「……」
控えめな動作だったので、刺激こそたいしたものではなかっただろうけど、着実に息を乱していくリッドを感じた。
「…くっ」
ぺろ…と舌をこまめに動かし、唾液で湿ったソレを手のひらで握る。
「は…ぁ」
口いっぱいに含んでも収まりきれなくて、じわりと漏れ出した液体が唾液と混じる。
きつ…い、しかし喉の奥までくわえ込み抜き立てた。
「無、理すんな」
苦しいなら止めろ、と頭を掴まれ離される。
「いやだっ」
「キール…!」
離すまいと必死にしがみついた、その時。
「んん…っ」
ビクン、リッドのソレが一際大きくなった。
「っ、離せ!出るっ」
「んむっ!?」
くわえたまま、それを受け入れる。
「ばか、腹壊すぞ!」
ドロリ、飲み込みきれなかった液体が口の端から零れた。
「……口ん中苦いだろ、ほら水」
「嫌だ」
「嫌だって…っん」
差し出されたコップを除けて、身を乗り出した。そのまま口付けて、そろりと舌を絡める。
「ん、んん」
程々に味わって、唇を離した。
「苦ぇ…良くこんなん飲めたな」
うぇ、と顔をしかめる彼を見ながら思う。
“お前のだから”
そんな事、言えるわけないけど。
「…愛してるよ」
変わりの言葉を紡いだ。
「なぁ、これで分かったか?」
「…何がだよ」
「俺がいかに本気かって事」
首に掛かったチェーンを指にかけ、リッドは笑う。
自信満々な笑みに、捻くれた己が顔を出した。
「ああ、人の三大欲と言われる食欲・睡眠欲・性欲に対してだけは、お前がいかに本気かって事はな。得に、性欲…というかだな、お前の本気は性欲に反映するのかと伺いたくなるっ」
パシッ、その手を払いのけ睨みつける。
「…まぁた、そんな事言う」
一方彼は、つれねぇなぁと弾かれた手を摩るが、
「出し過ぎたのは不可抗力だって。あー…でも反映するんだろうな。キールの場合」
顔はにやけっぱなしだ。
「…ばか、黙ってろよ」
そんな言葉を呟いて、そっぽを向く。
それも効果はなかったようで、彼はだってー…と続けた。
「キール、あんな事してくれたじゃねぇか。しかも、自分から」
「う、うるさい!お前が、し、ししししして欲しそうだったからだなぁっ」
「して欲しそうにしてれば、いつでもやってくれるって訳かー」
そんなふざけた言い合いが続いて、やっと一息ついた時。
ひんやりと冷たい物が肌に触れて、言い忘れていた事があった事に気付く。
「…リッド」
「ん?」
「あ、ありがとう」
「…ん」
胸元に光るムーンクリスタルを握りしめた。
結局、求められれば、少なからず嬉しいし、安心する。
多分それは、こちらばかり依存しているのではないのかという不安を、取り除きたいが為なのだ。
いつでも一緒にいたいという理由で誘ってくるリッドに、少しは理解を示してやろうか。
まぁ、つまりは、
愛している
って事なんだ。
加筆修正:2009.2.14
初微裏。
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