「まま、これ、さんたさんからままにだって!」
お迎えに来たママさんに小さな赤と緑の包みを渡す。「えー!」と破顔したママさんが俺の手からそれを受け取った。
本日はクリスマスイブである。恐らく各家庭のサンタさんがハチャメチャにウォーミングアップをしている頃合い。明日は土曜でお休みなので、保育園のクリスマス会は今日行われた。保育園にサンタと言う名の父母会役員がやって来て子供達にお菓子を配ってくれたのである。加えて「大好きな人に渡してね」と、同じ包みを二つ。
言葉のチョイスが親切だな、と思う。片親の家庭だってあるだろうし、ご両親と一緒に暮らしていない子だっているだろう。その点言い方を「大好きな人」にすればいつもお世話になっている人や、本当に純粋に好意を向けている友達なんかだって対象に入る。それになんなら両親が嫌いでも別の好きな人にあげちゃえばいいのである。
級友達はざっくりと分けるとママとパパにあげると言っていた子達、おじいちゃんやおばあちゃん、兄ちゃん姉ちゃん弟妹らが次点といった割合だった。中には貰った瞬間に好きな子や好きな先生にあげている子もいたりして大変に微笑ましいクリスマス会となったのだった。俺はなんの捻りもなくいつもお世話になっているママさんと零にと思い、ママさんにはお迎えに来た瞬間にもう渡してしまうことにしたのだった。
ママさんが俺と繋ごうと差し出した手にプレゼントを押し付けると、少し驚きつつも喜んでくれた。中身は商店街のケーキ屋さんから取り寄せたらしいクッキーの詰め合わせだが、子供から渡されたとなると喜びもひとしおといったところだろうか。膝を折ったママさんは、ラッピングをまじまじと見つめながら目を細めて笑った。
「そっかぁ、ふふ、ママも今年一年いい子だったからかなぁ」
「そうだよ!」
間髪入れずそう答える。いい子どころかほんと…ほんと偉いよあんたは…中身が三十路男とはいえ幼い子どものワンオペ育児をこなしつつ、その日帰ってくるか来ないか五分五分の夫を支える良妻賢母。ほんと…苦労掛けるなママさん…。このクッキーで換算したら軽く五十袋くらいはお贈りしたいところだな、なんて思っていると、お見送りに来てくれたらしい担任のひなこ先生がにまりと笑った。あっ嫌な予感。
「かずくん、サンタさんは「ママに」じゃなくて「大好きな人」に渡してねって言ってたから…かずくんの大好きな人はママだよって、ちゃんと言わないとね?」
「えっっっ!!」
「う…うん…」
はい案の定!!!なんで!!!そういう事を!!!先生!!!いいんだよ俺は!!!今日はサンタのジジイの独壇場だろうが!!!
ママさんが目をきらきらさせて両手で口元を隠している。めっちゃ嬉しそうなその表情に浮かぶ期待を、裏切る事なんて俺には…で、できない…。腹を括るんだ、降谷一希…。
「まま、あのね…」
じわ、と顔が火照るのを感じる。別に自ら進んで「いつもありがとう」とか「大好き」とかそういうことを言う分にはまったくダメージはないのだが、この「さぁ今こそ!」と言わんばかりにお膳立てされた空間で待ち構えられるとどうしても恥ずかしくなってしまうのである。しかも先生ももう今年はこれで仕事納めかと思うほどのいい笑顔をしている。ええいごちゃごちゃ言っても仕方ねぇ…!じっと目の前の美貌を見つめて、それからきゅっとママさんの袖の、肘あたりを掴んで口を開いた。耳かっぽじって聞いて頂きたい。
「ままのこと、だいすき、だから…あげる…」
ス…とママさんが天を仰いだ。両手で隠された顔がどんな表情をしているかは分からないが、大層お喜びなのは伝わってくる。喜んで頂けたようで何よりです。
「ヴン…ママもね、一希のことだーいすき」
「うん…」
赤くなっているだろう頬を手で冷やしていると、ママさんにふわふわの手袋を着けられる。最後にさようならの挨拶をする為に先生の顔を振り返ると、今ちょうど悟りを開いた菩薩みたいな顔をこちらに向けていた。おかしいな、ひなこ先生さっきまでなんかもうちょい今風のメイクだったよな。俺と手を繋ぎながら、ママさんが辛抱たまらん様子で片手を頬に当てて息を吸った。
「ありがとうございました…っていうか…ハァ…なんかもう、本当にありがとうございました…」
「…いえ、この為にこの仕事してるので…むしろ良いもの見させて頂きました…」
ひなこ先生がスッと親指を立てる。そしてママさんも一つ頷いて、おなじよう親指を立てた。あーあ!!大人の女性の話って難しくて幼児にはわっかんねーなァ!!
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