砂糖をシュガーでコーティング

地蔵


「あっはいオレこれ」

ナマエの指先がスマホロトムに突き刺さる。空中で突き飛ばされる格好になったロトムから抗議の声が上がって、隣に座るネズは宥めるようにロトムに横から手を伸ばした。

「やっぱりお前でしたか」

この地蔵。そう言ってネズが覗いた画面には、ノリに乗りまくるエール団で埋まった前方の観客席の真ん中、ライブTシャツに身を包んでフェイスペイントまで施したナマエが無表情で直立していた。借りてきたチョロネコどころかもはや爆発寸前のコダックのような表情。周りとの温度差で風邪を引きそうである。

元々目立たないタイプのナマエを例えるなら、ノーマルか草だ。ターフタウンの草むらで仰向けに寝転んでウールーに髪を食まれているのが似合うような男。至って素朴なナマエがネズと付き合い始めてネズの好きなものを理解しようとライブに足を運んだり、服装が心なしか垢抜けたり、車のプレイリストがポップスとロックの綯交ぜになったりなど、そんな小さな変化をネズも密かに嬉しいとは思っていた、のだけれど。

「無理して来なくてもいいんですよ」

ナマエがそれを負担に感じていたとするなら話は変わってくる。もちろんナマエが自主的にネズに歩み寄ろうとしてくれているのは分かっているが、恋人ができたからと言って相手に合わせて無理に変わる必要はない、とネズは思っている。事実ナマエと付き合い始めたからと言ってネズが家庭菜園を始めるでもなし、ナマエと同じ色に髪を染めるようなこともしない。もちろん身体にナマエの名前入りの入れ墨を、なんて寒気すらする。けれどネズの心配を他所に、ナマエはネズの言葉を受けて少しだけ頬を染めてぽやっ、と笑った。

「違うんだ…もうなんかあの…良すぎて動けないの…分かって…」

語彙はないがその表情の後ろから言い知れぬ必死さを感じて、ネズは苦笑した。恐らく今まで足を踏み入れたことの無い世界のこと、ナマエの中に表現する語彙がないのだろう。

「そう言ってもらえると歌い甲斐がありますね」

「ほんとそう…歌も最高なんだけど…」

「けど…なんです?」

きゅ、と口を噤んだナマエの顔のパーツがきゅっと中央に寄ったのを見て、ネズは思わず声を上げて笑ってしまった。酸っぱいきのみでも食べたような顔の頬を両手で挟んで、ぐっと身を乗り出してナマエの済んだ目を除き込む。言ってみろと優しく微笑むと、ネズの手の中でナマエの頬が徐々に熱を持っていった。

「一番は…ネズがすっごくかっこいい!」

「…はは!」

絞り出すように言ったナマエの頭を、ネズがくしゃくしゃと撫で回した。どうやら彼の負担になっているかも、なんて心配は杞憂だったらしい。なんとも嬉しい賛辞に感謝の気持ちを込めて、ネズはナマエの額に啄むようなキスを落とした。

「次回はキスでも投げてやりましょうね」

「やめてえ…オレ死んじゃう…」

ヒイ、と慄きながら背中に腕を回してきたナマエに、ネズは擽ったくなってまた笑った。スパイクタウンのこの部屋のベランダには、果たしてなんの野菜のプランターが合うだろうか。どこか楽しみになっている自分に気が付いて、ネズにもナマエの気持ちが少しだけ分かった気がした。

因みに次のライブで有言実行したネズによってナマエは生まれて始めて気絶することになる。のだけど、ぜひともナマエにはそれも恋人による変化として前向きに受け入れてほしいところである。




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