まずは手をつなごう




七武海の会議の招集には、議題が面白そうだったら参加する。快楽主義と称されその自覚もあるおれは大抵そんなスタンスを取ってきていた。

ルーキーの話題だとかそんな議題が多い中でおれが呼ばれたのは七武海と海軍との連絡役、その中でもおれの担当のポストが変わるとか何とか、そんな用事だった。今まではパッとしねぇ本部大佐の男だったのだがそいつが殉職だか転勤だかでいなくなり、代わりに新しい海兵がその席についたのだという。その紹介と顔合わせの為にこのおれにわざわざ海軍本部まで足を運べと。

勿論、行く訳がない。呼ばれたのは用事のあるおれだけらしいし、いじりがいのある鰐野郎もいねぇ。行ったとしてその新しい連絡役を操ってセンゴクにでも襲い掛からせる位しか楽しみがねぇのなら言っても行かなくても同じだ。面倒臭え、と電話口で呟くと、電伝虫の目尻がぐい、と釣り上がった。

「何だと?貴様が来ないのならこちらから行く事になるが?」

しつこい野郎だ。だがそれはそれで面倒な事になる。SMILEの工場や地下交易港のあるこの国に出来るだけ海軍を近付けたくないのも事実。その他にも国にはファミリーの下っ端連中もうろついている。無駄な諍いが起きる可能性が面倒事で潰れるのなら空いた時間に、あくまでも暇潰しがてら足を運んでやるのも吝かではない。自分の面倒と国家レベルの面倒の大きさを天秤にかけて、おれは相手に見えないところで肩を竦めた。

「…ったく、しょうがねぇなァ、近い内に行ってやるよ」

「その言葉に二言は無いな、一週間以内だ」

「フッフッフ、そんな怖ェ顔するなよ、嘘は吐かねぇさ」

センゴクをそう茶化して、くだらない挨拶もそこそこに電話を切る。此方、海賊が自分のテリトリーに海軍を入れたくないという心理を使った賢い手段だ。姑息とも言う。

そうして二日後、予期せぬ暇が出来て仕方なく海軍本部に足を運んだ。会議室で少し待たされた後、センゴクに連れられてきた男がひとり、足を投げ出して座るおれの前に立つ。

「彼がお前の連絡役だ」

「一昨日から貴方付きの連絡役になりました、モアと申します」

センゴクに紹介され、金色の髪を揺らして礼をした男。肩に掛けられた白い正義のコート。優に二メートルはありそうな身長に、海兵らしく鍛えられた体。その男が動いた時にふわりと香ったイランイランの香り。きっかり三秒まっすぐ腰を折ってゆっくりと上げられた端正な顔立ちに思わず目を奪われて暫しじ、と見詰めると、髪と同じく金色の睫毛がゆっくりと瞬いて、それから柔らかく細められた。血色の良い薄い唇が逆さまの弧を描いて、それから少し開かれる。

「以後お見知り置き下さい、ドフラミンゴ様」

歌うように紡がれた自分の名前に、思わず息を呑んだ。お見知り置き下さい?こんなうつくしい男のことを、忘れられるはずが無いだろう。何か話を続けようと笑顔を作るのも忘れてこちらも口を開いた。

「…地位は」

「大佐です」

「出身はどこだ」

「ノースブルーです」

「そうか」

そうか。ふふ、と意図せず笑いが込み上げる。アーモンド型の目が、探るようにおれを見据えた。

随分、穏やかに笑う男だ。

「…気に入った」

その男、モアに向けてゆっくりと手を上げる。おれの能力を知っているセンゴクはドフラミンゴ!と声を荒げておれを呼んだが、モアは特に焦った様子もなく笑みを浮かべてこちらを見ていた。ぴん、と指を弾いてその首筋に糸を結び付ける。

「ドフラミンゴ!何をするつもりだ!」

「まぁまぁセンゴク元帥」

ぐらり、とおれの意志で傾いたモアの身体。彼もおれの能力を知っていたのか、好奇心の垣間見える表情をしていた。その身体をおれの足元で跪かせて拘束を解く。ちょうどおれの膝の前に座り込むことになったモアが一瞬ピクリと肩を跳ねさせて、それから手を少し握って開いてを繰り返して動けることを確認して、困ったように笑った。

「…なるほど、王族への挨拶としては最敬礼では事足りませんか」

「気に入らなきゃこんな事させねぇさ」

「それはそれは、恐悦至極に存じます」

どうやら冗談も通じる方らしい。フッフッフ、と息を弾ませて笑えば、センゴクが深い深いため息をついていた。本来ならばここで手の甲にでもキスをするのだろうが、生憎おれもこいつも男だ。そのまま立ち上がるだろう、なんて思っていたらモアが流れるような仕草でおれの手を取って、そこにキスを落とす。

「本日はお会いできて光栄でございます」

瞬間、心臓がきゅうんと締め付けられて、ふと「こいつが欲しい」という言葉が頭を過った。

自分で仕掛けたくせに年齢が自分の半分近くも下の男の絵画のような挨拶にあっさりと恋に落ちて、それから殆ど週一で海軍本部に通うようになってしまったおれは、傍から見たら愚か者なのだろう。そんなことはどうでもいい、目下の目的はモアを手に入れること。

モアがおれの隣で幸せそうに微笑んでくれる日を目指して、おれは今日も今日とて海軍本部に乗り込むのだ。



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