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ロロノア・ゾロは、大変に困惑していた。このクライガナとかいう島に来てから、どうもゾロの常識の範囲外の事態が度々起きている気がしてならないのだ。

「…おい、ニコラス、なぜ緑茶なんだ」

無駄に大きいテーブルの一番奥の席。脚を組んで湯呑みを眺める男が、文句有りげに言った。鋭い金色の目がじ、と見詰める先の、何故か桃色のエプロンを装着した壮年の男が不遜な態度で口を開く。

「朝飯が和食だからな、当然の事だろう」

ニコラス、と呼ばれた桃色エプロンの男は、コンコン、と手の甲で傍らのサービスワゴンを叩き、そこに並ぶ料理を示してみせた。開きになった焼き魚、野菜の煮物、味噌汁、漬物、豆腐、それに白米。凡そ、首元にフリルのあしらわれたシャツを着ているニコラスが作るとは思えない献立だ。ところでその和のテイストの朝食は、サービスワゴンに乗せるのに相応しいものなのだろうか。

「なぜ和食なんだと聞いている」

金眼の男、ジュラキュール・ミホークが甚だ理解できない、というような顔で片眉を上げた。ゾロの知ったことではないが、毎朝この元シッケアール城で振る舞われる食事は洋食と決まっていて、ミホークの気分次第ではワインが横に並ぶこともある。和食が出るのは極めて稀、というか初めてだったのだろう。が、ニコラスはミホークの態度に萎縮した様子もなく「何故って」とゾロに一瞥をくれた。

「ロロノアが和食が好きだと言ったから、たまにはいいかと思って」

ケロッと言い放たれた自分の名前に、思わずげ、と嫌な顔をしてしまう。師匠で、一応今現在この城の主であるミホークからの熱烈な視線を頂き、ゾロは目の前に並ぶ朝食に視線を移した。

「おれかよ…」

和食を作ってくれ、と頼んだ覚えはない。ゾロは元々好き嫌いせずに飯を食うし、今は仲間内にお残しに煩いコックもいる。故に朝からステーキが出ようが、チェイサーがワインだろうが文句はないのだ。だから是非ともミホークの食の好みを優先して頂きたいところ、だったのだが。

むっとした顔のまま黙り込んだミホークをじ、と見詰めていたニコラスは肩を竦めて、まだ起きて来ないペローナを含めた全員分の食事をテーブルに並べ終えた。彼なりの配慮か、フォークと箸が隣に並んでいる。

「…文句があるなら食わんでいいが」

文句があるのはお前だろう。とゾロは言ってやりたかった。ミホークの正面、つまりゾロの斜め前に座ったニコラスは、フォークを取った反対の手で頬杖をついてミホークを挑発するように下から睨めつける。対して椅子にふんぞり返ったミホークは、じ、とニコラスを鬱陶しげに見下ろした後、徐に味噌汁の椀に手を伸ばして無造作に口に運んだ。音もなく飲み干される、なめこの味噌汁の行方を、何故かゾロが固唾を呑んで見守った。

「…悪くない」

「光栄だ」

「……ハァ」

緊張感の途切れた食卓に、まったりとした時間が戻る。とはいえ、いつまたこの二人が口論を始めるのか分からないゾロには安息はない。

バーソロミュー・くまに肉球でふっ飛ばされて、ゾロはこのクライガナ島に着陸した。そしてなんやかんやあり、と略してしまうが、今はこの世界一の大剣豪である鷹の目の厄介になっている。そこに、今はまだ寝ているゴースト娘ことペローナまで居て驚いたのも束の間、更に驚くべき人間がミホークと共に生活していた。

「なにぶん和食を作るのは初めてで…ロロノア、味はどうかな」

「…あぁ、うめェ」

「それは良かった」

この、家事手伝いと言うに相応しい男だ。ニコラス。この男は一体何者なのか。ミホークの身の回りの世話をするために雇われているらしいニコラスがなぜ、ミホークのやる事なす事に対等に口を出しているのか。ずず、と味噌汁を啜り、解した魚の身を口に詰め込みながら考える。和食を作るのは初めてと言っていた割に、これがなかなか美味だ。

もしかしたらこの男も相当腕が立つのでは。世界一の大剣豪と一緒にいる男だ、隠しているだけで本当は。ニコラスも世界一の、何だ、世界一の何かなのか。

「うめェな」

「おかわりもあるぞ」

頬袋をパンパンに膨らませたゾロの心からの感想に、ニコラスは苦笑する。ミホークは当然だ、とでも言うように箸で煮物を口に運んだ。本当に、ニコラスは何者で、この二人はどういう関係なのだろう。謎は深まるばかりである。





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