Fxxk you bitch!!!!
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「昨日のローの写真がどうかしたのか?」

自分でも棘のある声が出たな、と思った。後ろにいたシャチが俺の横に歩み寄ってきて、何の話だというような、責めるような視線を向けてきているのを感じるが、それを視線だけで制する。どうしても今はユースタスの話を聞きたい。俺の声の硬質さに気が付いたのか、気が付かなかったのか、ユースタスはそのまま話を続ける。

「…あれなんだけどよ、なんつーか…」

「あぁ」

「画像は見たんだよな?」

「見たよ」

「あー、だから、あれがな…」

「あれが、どうした?」

要領を得ないユースタスの話に思わず詰るように尋ねる。その反応、状況、必要性から見て、ローの背中にキスマークをつけたのはユースタスではないか、と俺は思っている。

例えばこいつがローの浮気を知っていたから俺に知らせるためにあの写真を送ったとする。でも正直おれはユースタスとはローの紹介で知り合って、まだあまり仲良くない。どちらかといえば確実に俺よりもローとのほうが仲が良いのに、ローの浮気を俺に伝えるような真似をするだろうか。少ない付き合いでも分かるが、この男はそんな告げ口のようなことは好まないはずだ。

それならわざと俺に真っ向から写真を送り付ける事によって、ローが自分と関係を持っていることをおれに伝えたとするのが自然だろう。それがユースタスの独断という可能性もあるが、ローのような自己管理の塊のような男がそれを許すだろうか。それなら、ローが送るようにユースタスに言った可能性もある。

そしてローのキスマークの位置は、背中。男と女で事に及ぶのなら、女の背中にキスマークをつけることはあれど、男の背中にキスマークをつける体位になることはあまりない。そもそも女がわざわざ男の背中にキスマークをつける必要性はあまりないのではないだろうか。相手が女でキスマークをつける独占欲があるのなら、背中にはもっと立派な爪痕でも付くのではないだろうか。つまり、ローが相手に背中を向ける体位になったということ。

ユースタスとローが、関係を持った確率が、高い。そう考えると辻褄が合う。昨日ローが俺の家に来なかった理由も、電話口で俺と潮時だと言っていた理由も。

もう俺のことなんて好きではないのでは、いや、あるいは最初から遊びで、元々他に何人か相手がいて、俺もそのうちの一人で、でも、そうしたらあのローの笑顔は、照れた顔、俺のことを心配してくれた、もしかして、それは。

「あのキスマーク、つけたの、おれなんだよ」

田舎から一人で出てきて周りに馴染めてない俺なら、そうすれば簡単に落とせると思った、から?

「………あぁ、そう」

落胆、絶望、それから納得。そんな感情の思ったより落ち着いた声が口から転がり出た。前から少しくらいは頭の隅にちらついていたんだ。どうしてローのような、誰にでも好かれて、誰からでも選ばれるような、そんな人間が俺を選んだのか。そんな考えに頭を悩ませることがまず間違っていたのだ。俺は、そもそもローに選ばれてなんていなかったのだから。

さっきまでユースタスをぶん殴ってやりたいくらいの怒りに満ちあふれていたのに、その気持ちがまるで萎れた風船みたいに縮んでゆく。真実を正面から突きつけられて、怒る意欲すら摘み取られてしまった。握った拳ももう力無く解けて、繕っていた笑顔ももう笑顔とは言えないだろう。

でもそんな間抜けが俺には相応なんじゃないだろうか。ローはすごいやつだ。ローのような選ばれて、そうして乞われる側の人間に、どうして求められているだなんて甘い幻想を抱いてしまったんだろうか。

これから生きていく上で大切な人を見つけたと思っていた。俺にとってもうローは唯一無二だったから、俺もローの唯一無二になれると思っていた。ローは医学部で、俺のほうが早く卒業するからその分金を貯めて、ローの卒業と同時に同棲を持ち掛けようと思っていた。あいつは医者になるだろうから毎日忙しいだろうし、一緒に住んだほうが家事も分担できて良いだろうと。今でも十分同棲みたいなもんだけど、それでも帰る場所が同じというのはまだ違うのではないだろうか、なんて。そんな、馬鹿なことを。

そうだ、本当に馬鹿だ。悲しくなるほどに。

「…それだけ分かれば、もう十分だ」

大学に入ってから毎日ワックスでセットしていた前髪を、ぐしゃりと掻き上げる。高校の頃においたをして傷んだ髪は中々言うことを聞かないからだ。それだけじゃない。大学に入るにあたって自分を変えようとした部分もあったし、ローと付き合い始めてからどうにかローに見合う人間になろうと思っていた。何が足りなかったのだろうか。これ以上どんな努力をすればよかったのだろうか。俺の、なにが。

そんなの、答えは簡単だった。

「俺、が駄目だったんだよなあ…」

「…お、おい、ヒロセ」

ユースタスが気遣わしげに俺を呼んだ。その顔を見ることも出来ない。きっとこちらを心配そうに見ているんだろうが、もしその目の奥に憐れみとか、嘲りなんかを見つけてしまったら俺の心はきっと完全に折れてしまう。ユースタスがそんなやつじゃないことは分かっているけれど、それでも、その顔を見ることは出来ない。そもそもこの分かってるなんていう考えも何を根拠にいってるんだ俺は。

「悪い、話の途中で悪いけど帰るわ」

「いや、最後まで聞いてくれ…おれは…!」

「ごめん、本当に」

話を聞きたい気持ちはあったけれど、俺はユースタスに背中を向けた。これ以上その口から話を聞くのは、どうしても耐えられないと思ったから。肩に引っ掛けたリュックを持ち直して、一刻もその場を去りたくて足早に歩きだした。背後から追い掛けて来るユースタスの声と、それを問い詰めるシャチの声に少しだけ怯えながらその場から逃げ出した。








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