Fxxk you bitch!!!!
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あの日のことが、夢に出る。という程ではない。むしろどちらかと言えば当たり前のように俺の元恋人、トラファルガー・ローが夢に出て来て、笑いかけて何気なく触れて何事もなかったかのように過ごして、そんな夢を見ることの方が多い。そうして目が覚めて、いつものように布団の端に寝そべる身体に気付いて嘲笑するのだ。

あの日、というのは、俺たちにとって運命の日とも言える日のことだ。否、ローの方はどう思っているか知る術はないので、俺の運命の日だという事にしておこう。

その日、ローは俺の家に泊まりに来る予定だった。

休日にローが泊まりに来ること自体はいつもの事だった。ただ、いつも通りではなかった事がひとつ。来ると言っていたローが、一向に俺の家に来ないのだ。おかしいな、なんて電話も掛けたけれど通じなかった。もしかしたら事故にでも遭ってたり、何か事件にでも巻き込まれているんじゃないかって、俺は限られた人数しかいないローとの共通の友達を初めとする大学の友人に手当り次第連絡をとっていた。

「あ、もしもしペンギン?ごめんなこんな遅くに、お前んちにロー行ってない?」

『…?、いや、来てないし今日は会ってないぞ』

「んー…、そっか、ありがと」

あぁ、となんとなく俺が急いでいる気配を感じ取ったらしいペンギンはそれ以上追求せずに会話を切り上げた。こちらも、じゃあな、と電話を切り上げる。そこに表示された時計は、二十一時四十分だった。

いつもローが来るのが大体六時、遅くて八時だ。ローの家から俺の家までは電車でひと駅、しかし電車を降りてからはこの時間、都会とは思えない暗い道を十五分歩かないと俺の家にはつかない。男子大学生が出歩くに遅い時間ではないが、今までの例も含めて考えると、もしかしたらここに来るまでの間になにかあったのかもしれない。調べる限り、電車の遅延も、この近くでの事件事故もないらしいのだけれど。

そんなことを考えながら家で携帯を片手に貧乏揺すりをしていたはずの俺は、気が付いたら駅までの道を、電話を掛けながら走っていた。

「っ、あーもしもしシャチ!?お前んとこにさ、ローいない!?」

『え、モトイ?ペンギンから連絡あったけどまだ見つかってねぇの!?』

俺が手当り次第に電話をかけているのを知っているらしいシャチが声を荒らげる。走って息を弾ませながらスマートフォンを握り直した。

「おー!そっかペンギンありがて…っ!そうなんだよ、あいつ、どこに…っ」

『家には電話したか!?おれから掛けてみる?』

「頼むな!あいつの家電っ、しらな…ッ」

息が上がる。早歩き程度に速度を緩めながら暗闇に目を凝らした。街灯や民家の窓から溢れる灯りの中に、探し人の姿はない。意味もなく後ろも見渡しながら懸命にローの姿を探した。

本当にどこに行ったんだろう。家にも居なかったらいよいよ本格的に最悪の事態も想定の範囲に入れなければならない。だれだ、あとはどこにいる可能性がある。わからない。こんなにも厚かましく恋人面しておきながら俺はローの家の電話番号も知らないし、高校時代の仲のいい友人も知らない。あとは、そうだ、考えたくもないが浮上した可能性に歯噛みして、自棄糞のように電話口のシャチに吐き捨てた。

「…あと、まぁ、出来れば元カノも当たって!」

『えっ!?いやでも…』

「頼んだから!」

自然と険しくなる表情を自覚しながら、手は休めずにシャチとの通話を切ってもう一人の番号に電話を掛けた。知っているとしたらこいつが最後の可能性だ。やけに、呼び出し音が長く感じる。ぷつ、とコールが切れて、おー、なんていう眠そうな声が返事をしたので、もういい加減飽きたその言葉を繰り返す。

「もしもし、ユースタス?ロー知らない?」

「あぁ?トラファルガー?」

俺の知る限りではローとユースタスは腐れ縁兼悪友だ。顔を突き合わせる度に悪態をついてゲラゲラ笑って、俺もそんな二人を見て地元の友人を思い出すこともある。いつもローがつるんでいるペンギンやシャチあたりよりは一緒にいる可能性は低いが、ローがよく遊ぶ「麦わら屋」周辺にはペンギンに頼んだ。俺はユースタスの連絡先も知っていたし、自分で出来ることは自分でするべきだし、しないと落ち着かない。

一息に言い切ったその言葉に、ユースタスが少し考え込むように言葉を詰まらせた。何だその間は。知ってるのか、と追求しようと口を開いた瞬間、俺は口を噤む事になった。

『…おい、聞いてんのかユースタス屋ァ、まだ、話は終わってねぇぞ…』

耳に転がり込んできたのは、俺が探している人物の声。その声の調子から、朝ローが目を覚ました時の気だるげな話し方が頭に浮かぶ。思わず走る速度が緩んで、歩く程度の速さにまで落ちた。

『ユースタス屋、おれ、もう…』

『おい黙れお前…わりぃなヒロセ、トラファルガーならここにいる』

少し焦ったようにそれを窘めたユースタスが答えた。その声が、少し遠く感じる。ほとんど感情の追い付かない宙ぶらりんな声で、俺はなんとなく歩みを進めながらとりあえずの返事をした。

「…おー、そっか」

色々な可能性を上げては潰して、フル回転させていた頭が急速に冷えていく。そうして段々と、自分の足が重くなって、頭が下を向いていくのが分かる。

何を考えてたんだろう。馬鹿か、俺は。

何も考えないでただいつもの時間に来ないから心配になって、勝手に探しまわって。そもそもローだって高身長で割と強面な立派な男だ。女の子じゃあるまいし事件に巻き込まれるなんてそうそうないだろう。それに襲われても返り討ちにする力もあるはずだ。約束だって、もしかしたら俺の間違いかもしれない。次はいつ来るかという話の最中に今日の日付をしっかり携帯のカレンダーに登録したのだが、それが間違っていたのかもしれない。何度も確認はしたのだけれど。

「ん、そうか、そこに、いるなら、よかった…それじゃ」

途切れ途切れ、詰まる胸から押し出した言葉は嘘にまみれた不格好なものだった。電話口でユースタスがなにか言っているが俺に言っているのかローに言っているのかが分からないし頭に入ってこない。そっとスマートフォンを耳元から離して通話終了を押そうとする。その瞬間、やけに穏やかなローの声が最後にスピーカーから転がり落ちて、いやに明瞭に耳に飛び込んできた。

『…モトイとはもう、潮時かもしれね、』

ぶつり。ローの言葉が接続が切れる音に遮られて千切れる。あ、と思った時には俺の足は完全に止まってアスファルトに立ち尽くしていた。

一番最近ローと会ったのが学校があった昨日だ。その時はなんのとっかかりも無くいつも通り、少しの冗談すら交えながら会話した。ローが俺の家に泊まりに来たのは一昨日。その時もいつも通りで、何か変わった事があったようにも思えない。

潮時、という事は、もう。

どうしてだろう、なんの心当たりも無い。もしかしたらそのなんの心当たりも無いということがまずいけないのかもしれない。もしかしたら知らないうちにローになにか不愉快なことをしていて、それが積もりに積もって潮時だなんて思わせることに。

呆然と立ち尽くして携帯の画面を眺める。何がいけなかったのだろう。何が。堂堂巡りする頭でひたすら繰り返す。と、その瞬間に、携帯が何かを受信した。ユースタスからのメッセージだった。ゆるり、と一つ瞬きをして、恐る恐る指がそのページを開く。どうやら画像のようだ。見ていいのかと一瞬躊躇ったが、意を決して画面に触れれば送られてきた画像が表示された。

「………あぁ、そういう」

熱が出そうなくらい一生懸命回っていた頭が、波が引くように冷める。感情が胸の中にごちゃまぜになって押し寄せて、どんな表情をすればいいか分からなかった。だがともかく、これだけは分かる。

送られてきた画像の中で、着替え中なのか、こちらに裸の背中を向けるロー。その背中に赤々と咲き乱れた付けた覚えのないいくつもの鬱血跡が、俺がローの恋人としていかに足らない人間だったという事を物語っていた。それ以上画像を見ていられなくて、俺は足元に視線を落とす。いつの間にか辿り着いていた駅の、オレンジと白の明かりに照らされたアスファルトに落ちた影は、いやに黒黒として見えた。

あぁ、そうだ。きっと気が付いていなかっただけで、終わりはすぐそこまで来ていたのだろう。








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