Fxxk you bitch!!!!
I




家に帰って、そういえば冷凍庫に賞味期限の切れた食パンがあるな、と思い出した。よっぽど菓子パンでも帰ろうか、なんてコンビニに寄ったが、頭の中で誰かさんが口うるさく栄養バランスについて説教をしてくるので、産まれて初めてパスタサラダを手に取る運びとなった。いつもは目に留まってしまう出来合いのホットスナックも、今日ばかりはアピールが大人しかったような気がする。

「…ただいま」

誰もいない、薄暗い部屋に一声掛ける。勿論返事など帰って来る筈もない。分かりきっている、そんなこと。ドアの横の電気をぱちり、と点けて、一瞬の眩しさに目を瞬かせた。

「…あれ」

部屋を眺めた瞬間に、思わず声が出る。額に手をやって、頭痛すらしそうな景色にはあ、と溜め息を吐いた。

ローと別れて一週間が経った。学部が違うので、合わせようと思わなければ顔を合わせる事もない。トラファルガーのトの字も聞くことなく、おれは浪費するように時間を過ごしていた。はぁ、とまた一つ深い息を零して、凄惨な様子の自室から目を逸した。

「……」

部屋きったな。そう声に出すのは敢えて止めておいて、どさ、と鞄を下ろす。

誰にも見せる人がいないとこうも汚すことができるのか。そんなふうに自分で感心してしまうほど部屋が散らかりに散らかっていた。床に散乱したプリント類、縦に積み上がった教科書、コンビニのビニール袋、絡まりに絡まる謎の配線類、読み終えた雑誌。唯一の救いは、虫が発生するような生ゴミなんかが落ちていないことだ。知らないうちに最後の理性のようなものがそこまでの惨事を食い止めたのだろうか。これはいくら何でもやばいだろう。そう思わざるを得ない状態だった。

思えば、ここ最近何をしていたろうか、と考えたら何をしていたか思い当たることが授業くらいしかない。洗濯物にバスタオルが山盛りになっているから、とりあえず毎日風呂に入って飯は食っていた様だ。だが自分から進んで何かをしたとか、そういうことが全くと言っていいほど思い出せない。

そしてその原因は、一つしか思い当たらない。

「……片付けるか」

がくり、と項垂れてから、足元の教科書とノートを拾い上げた。一応本棚はあるというのに、なぜ力尽きて床にぶん撒いてしまうのか。夕飯時までまだ少し時間があるから、せめて簡単に片付けられる物だけはなんとか移動してしまいたい。ファイルと教科書とノートを教科別にして、本棚に端から並べる。

一度やろうと決めてしまうと意外と進みは早いものだ。作業興奮と言ったろうか、始めてから出るやる気もあるのだと聞いたことがある。と言っても、ばらばらと床に散らばっていた本類を本棚に移しただけと言ってしまえばそれだけなのだが。大体床が片付いて、ふう、と仰け反って腰を伸ばしながら、ちらりと足元を見遣る。

どうせなら先ほど投げ捨てるように落とした鞄もなんとかしようと、チャックを開けて中身を取り出した。今日使った教科書、ノート類、授業のプリント、果ては辞書まで。ここも何しろ紙類が多くて嵩張る。よく見れば今日なかった授業の教科書まで入っていて、あぁ、道理で重かった訳だ、と腑に落ちて苦笑した。

と、その中に、見覚えのない茶色の紙袋が、ひとつ。不審に思ってその袋を取り出す。中には漫画の週刊誌くらいの分厚さの、というか、恐らく中身はそれで合っているだろう。はて、何か買ったろうか、と記憶を辿る。確かに、なにも買ってないな。

何だこれは。途端に気になってそっと折られた口を伸ばして、それから中身の本をずるりと引っ張り出す。カラフルな表紙が、目に飛び込んできた。

「……………ハァ」

その瞬間、思わず頭を抱えて途方に暮れた。そして、ぼすん、とテーブルの上にそれを放る。

週刊誌くらいの大きさ、雑誌という点では間違いはなかった。ただおれはこの本が週刊誌なのかどうかは知らない。表紙をまじまじと見つめる。カラフル、というよりは主に肌色をした表紙だ。もうそうとしか言いようがないし言いたくもない。そっと本を裏返す。肌を晒した女性の写真が見えなくなったのに少し安心して、がくり、と肩を落とす。そうして記憶の糸を辿って、何とか犯人にまで辿り着いた。

「…シャチの野郎」

頭痛持ちでもないのに頭に違和感を覚えて、そっと眉間に手を当てた。何ということだ。そう、確かにシャチとローについて話したあの日、おれはこの茶色い袋に入った悪魔の書物、有り体に言うとエロ本を受け取った。その時確か「息抜きも必要だ」と言ったようなことを言われた気もする。だがそんな雑な渡し方もありしばらく中身を確認しなかったために、一週間それを学校に持参していたのだ。もし万が一誰かとぶつかったり、鞄をドアに引っ掛けたりなんかして中身をぶちまけていたらおれは社会的に即死していただろう。爆弾みたいなモン持たせやがって。

パラパラ、と雑誌の上何枚目かのページを捲る。こんなに修正の少ない画像を出版してしまっていいのかと思うほどの中身を暫し眺めて、そっと本を閉じる。何より悲しいのは、おれの息子がピクリとも動かない事だった。あぁ、と眉間を摘むようにして、視界から追い出すように本をそっと押しやった。

「……も〜いやだ…」

何という事だ。まさかおれの股間はもう女性の裸体で反応しなくなってしまったとでも言うのだろうか。否、そんな筈はない。そんなの悲しすぎるまだピチピチの男子大学生なのにほんと無理。そもそも男と付き合っていたという時点でアウトなような気もするが、それはもう終わったことだ。ここからおれの精神面を男男交際ではなく男女交際にシフトしていかなければならない。だというのにこの有様である。

アホらしい。飯を食おう。そう己を奮い立たせようとするが、正直全然アホらしくないから立ち上がれない。そもそもシャチはどんなつもりでおれにこんな本を渡してきたのだろうか。いくら思い詰めていたおれに対しての気遣いだとしてもこれは明らかにチョイスを間違っている。

はぁ、と、がっくり項垂れたおれは、シャチがどういった意図でこの本をおれに渡してきたのか、全く知る由もなかったのだ。否、それどころか、そもそも嫌がらせかギャグ以外の意図があるだなんて、想像だにしなかった。と、いうか、普通そんなことしないだろう、当然のことだ、とおれはまた一つ溜め息をついた。幸せにはきっと、逃げるための足が生えているのだと思う。











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