Fxxk you bitch!!!!
you




「今日こそは話してもらうからな」

昼飯を食おうと食堂で定食を買い求めた俺の正面には、表情の険しさを隠そうともしないシャチが椅子に踏ん反りかえって陣取っている。おれは定食のエビフライにソースをかけた。揚げたての衣に、ジワリと濃い茶色が染み込んでいく。盆から目を離さず、それから付け合わせのキャベツを箸でつかんで口に運んだ。視線は上げない。

「話すって何を?」

そう、本当に何のことか心当たりがないように返事をする。ぐ、と言葉に詰まったシャチは、この件に関して問い詰めて良いものか、と一瞬躊躇ったのだろう。優しいやつだ。

「…惚けんな、キャプテンとのことだよ」

しかし、意を決して、という様子でそう口にする。ちらりとその顔を見遣れば、シャチは帽子の鍔の下から鋭い目でこちらを睨みつけていた。不穏な空気である。どうせ話すなら和やかに話した方が良いだろう。おれはざく、とエビフライの衣に箸を突き立てて、ふ、と軽く笑った。

「そのキャプテンって呼び方って前から不思議に思ってったんだよな、色々あるじゃんキャプテンっつっても、部活とか軍隊とか、ああ…船長なんかも」

「今はんなことどうでもいいだろうが!」

だん、と拳で机が打たれる。隣り合っていた食器がぶつかってちり、と耳障りな音を立てた。おれの言葉を遮って声を荒げたシャチを、ゆっくりと見上げる。おれを睨みつけていた彼は、その後、表情にじわりと悲しみを滲ませた。

「悪い…でも、珍しいよな、お前らが喧嘩とか」

「喧嘩じゃねーよ」

間髪入れずに、そう答える。シャチは一瞬押し黙ってから、無理矢理に笑顔を作ったように見えた。

「はは、じゃあ何だよ、痴話喧嘩だろどう見ても」

痴話喧嘩。この男は知っているはずだ。おれ達は喧嘩なんて一度もしたことがない。そして、おれがローと喧嘩をすることを良しとしないことだって。ああそうだ、喧嘩にもならない。おれが、喧嘩にしなかったからだ。ゆっくりエビフライを口に運び、その肉をぶつり、と噛み切って咀嚼する。飲み込んでから口を開く。

「別れた」

ぽつり。食堂は騒がしいが、その隙間を縫うようにおれの声はシャチに届いたらしい。

「冗談キツいな」

「別れたって」

おどけるシャチの一言に同じ言葉を返す。と、シャチが笑みを引っ込めて額に手を当てた。はぁ、と重々しく漏れた溜め息にああ、こいつも大変なんだな、と思う。

おれの親友と恋人を兼業していたローがいなくなり、今のおれと一番親しいのはこの男だ。元々はローの友達だが今はどうやら中立の立場にいるらしい。ペンギンとこいつはローのことをキャプテンキャプテンと慕っているからもっと糾弾されるかと思っていたが、案外おれの話も聞いてくれるらしい。なんでこうなるかな、と頭を抱えるシャチが何故か他人事の様に面白かった。のだが、その男がぱっと勢い良く顔を上げておれに詰め寄ってくる。

「え、何で?なんで別れた?お前が振ったの?」

「おっ、核心突くなぁ」

「いやそりゃ突くだろ…」

ここまで落ち込むとシャチが振られたみたいだ。と、そんなふうに茶化すのは止めておいてやることにして、箸を持った手をそっと下ろす。こんな話をしていたら食欲が失せそうだ。うーん、と苦笑しながら、エビフライの尻尾を皿の端に移動させる。

「…一概にそうとも言えないんじゃ…」

「…何だそれ、どういう…?」

ないかなあ、と言葉尻を濁す。別におれだって、振ろうと思って振った訳でない。もう付き合っていくのは無理だと思ったから、否、思わされたから別れることを選んだ訳で。思わされた、といったら人聞きが悪いと言われそうだが、本当にそうなんだから仕方がない。隠す素振りも無いどころか、あんな風にお前は要らないと宣言するような行動を取られて、それでも一途に思い続けろなんて、そんなのってないだろう。だったらやはり。

「…面倒だったんじゃない?おれが」

おれに別れを切り出して、追い縋られるのが面倒だった、のでは。それ以外の理由が、この頭をどう捻ろうと考えつかないのだ。

ぽかん、とシャチが口を開けた。それから頭痛を堪えるように眉間を摘むように抑える。うーん、と苦しげに唸ってから、絞り出すように言った。

「…頑張ったな、お前」

「頑張れてたらこうはなってないだろ」

はは、と笑いながら白米を口に運ぶ。と、シャチが居た堪れない風に座り直した。自虐が過ぎたようだ。ネタにでもして気を紛らわしていないと果てしなく落ち込んでしまうのだから、少しくらいは許してほしい。がっくりと肩を落としたシャチが机の上のコップに手を伸ばす。動揺して分からなくなっているのかもしれないがそれはおれが持ってきた水だ。恐る恐る、と言ったようにシャチがおれに尋ねる。

「…もう、好きじゃねぇの、キャプテンの事」

それからコップの水を一気に煽る。自棄酒の様相だ、本来それをするべきなのはおれではないのか。肩を竦めて、おれはまたキャベツを口に運んだ。

「人の気持ちってさ、案外複雑だぜ」

「…それ聞いて、なんか安心した」

はあ、とシャチがまた一つ溜め息を漏らす。これだけ溜め息をついたら、今のおれよりも不幸になるのではないだろうか。ふ、と溢した笑みに自嘲を混ぜると、サングラス越しにでも分かる遠慮がちな目線がゆったりと持ち上がる。それからシャチがごそごそ、と足元に置いていたリュックサックを漁って、おれの定食の横に茶色の紙袋を置いた。漫画の週刊誌が入っているくらの大きさと厚さだ。何だこれは、と聞くつもりでシャチの顔を見れば、どことなく投げやりな笑顔だった。

「気晴らしも必要だぜ」

とんとん、と二回指で叩かれた茶色い封筒。本屋のものだろうか。首を傾げて、まあそう言うなら、とありがたく自分のバッグにそれを突っ込んだ。まあ、シャチのことだから、危ないものではないだろうし。










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