Fxxk you bitch!!!!
your




「別れようか、ロー」

もう迷いなんてなくそう口走れば、ローはその見開いた目に新しい感情を過らせた。明らかな、焦燥だ。いつも余裕のあるローのそんな表情に、俺は本当にこいつの事を何も知らずに付き合っていたんだな、と思わず苦笑した。

「…どうして」

ローの口が動いたのがやけにゆっくりとして見えた。そんな震えた弱弱しい声も初めて聞いたな。夕日が陰り始めて、ローの顔色はよくわからないが表情なら辛うじて読み取ることが出来る。驚愕、と焦燥なんて、どうしてお前がそんな顔するんだよ。

「どうしてって、お前が一番、分かってんだろ」

ぽつり、脳味噌から直接零れたように、虚ろな声が漏れた。その声にローが固唾をのんだ気配がする。聞いたんだ、お前が決して俺に言わなかった言葉を、電話越しに。出来るなら直接聞きたかった。それならきっとお互いに原因がある場合には話し合って解決できる場合もあっただろう。これから付き合っていくにあたって、何でも言い合えてお互いが一番気の休まる場所になれる、と思って。

「潮時だって、言ってたよな」

思ってた?本当に?

俺だってローに言えないことの一つや二つある。否、それは意図的に隠している事じゃなくても、言わなくていいことだったり自分でも忘れていることだってある。そんなこともあるけれど、でも、明確に今まで言わなかったこともある。言えなかったんだ、この関係が壊れてしまううんじゃないかって。安っぽいラブソングみたいだけど、本当に。

俺だって、ローが俺と遊びで付き合ってるんじゃないかって、思ってたくせに。

「ちが…、そうじゃない」

ローがじり、と俺から距離を取る。その表情が沈みかけたオレンジの夕日に照らされた。その傷付きました、というような顔に胸が痛まなくはない。だが、もう後には引けない。撃鉄を引いたのはローで、引き金を引いたのは、俺だ。もう何もかも、途方もなく手遅れなんだ。ローの唇がわな、と震えて、それから酷く傷ついたような顔で声を上げた。

「そうじゃ、ない」

今、俺も酷い顔をしている自覚はある。だって、やっと手に入れたと思ったのに。駄目だと思って自分から告白は出来なかったけど、この手の中に舞い込んできてくれて、本当に嬉しかった。たとえそれが気まぐれでも、俺を、本気で思ってくれていなくても、恋人でいてくれるだけで、嬉しかったのに。でも今あやふやなまま元通りになっても、どうせまたいつか破綻するんだろう。そうなるくらいなら今終わらせた方がいい。

「ありがとな、今まで」

ひ、とローの喉が空気の音を立てる。あぁ、最後に未練たらしくこんなことを言うなんて、卑怯かな。罪悪感を植え付ける気なんて無かったのに。凍り付いたように動かないローは、何も言わない。言うことなんて、ないのかもしれない。

「俺たちは、もう駄目なんだよ」

俺ももう、お前を信じられないよ、ロー。そう続けて、その顔を見ていられなくて俯いた。あの時写真を見た時、ユースタスをぶん殴って、ローに浮気しただろって怒鳴って、これが初めてじゃないんだろって詰りたい気持ちで一杯だった。でも、出来ない。そんな気にならない。思ったよりショックだったみたいだ。

だってずっと疑ってたんだ。ローの携帯に女の子から頻繁に連絡が入る度に。女の子の名前を偶然見てしまった俺に、何食わぬ顔で男友達だって嘘をついて。分かってた、俺だってそこまで馬鹿じゃない。馬鹿じゃないけど、そっか分かったって言って。

そんなふうに何も知らないふりをして、この関係が終わってしまうのを恐れて何も出来ないでいた。分かってるよ、いま自分が悲劇に浸って被害者ぶってるのも。でも、本当に今まで我慢してたんだ。ローのことが好きで、一緒にいられるなら、一緒にいて貰えるなら何でも良かった。完璧なローが心を許せる場所になれればよかった。俺のことを本当に好きでいてくれなくても、拠り所にして気を抜いていてくれれば、役に立てていれば、ローにとって俺が存在意義のある人間であればそれでよかった。よかったのに、明確な証拠を突き付けられて、俺はもう、知らない振りができなくなってしまったのだ。

「…ごめん」

かすかすの、使い古したカセットテープみたいな声で謝る。その後に言葉が続かなくて黙っていると、俯いた頭の上から、震えた声が降ってきた。

「…んで、お前が謝ってんだ、モトイ」

ローの声が震えてる。理由が分からなくてふと見上げると、もうすっかり夕日は沈んでいて、いつの間にか立ち上がって俺を見下ろしていたローの顔は影になっていて見えなかった。どんな顔をしているんだろう。分からない。感情のない人形のようにも見える。良かったのかもしれない。顔が見えていたら絶対にこんなこと言えないだろうから。

「友達に戻ってくれ…付き合う前に、戻ろう?」

「……俺には、お前の気持ちが分からなかったから」

「おれもずっと、お前の気持ちが分からなかったよ」

「何だよ、それ」

そういうことを言ってるんじゃねぇ、ローが言った。じゃあどういうことを言ってるんだ、あぁほら、またお前のことが分からない。

「だってさ、聞きたかったんだけどあれ、浮気?それとも俺が浮気?」

「は…?」

ローにしては珍しく、感情が追いついていないような声だった。昨日から今までずっと、口に出したら本当になってしまいそうな事。そんな事も今となってはもう手遅れだから、口に出したら胸のつかえが取れたような気がした。

「俺と別れたいからあんなの送ってきたんだろ?」

「っ、」

目の前で短く息を吸い込んだ音がした。ローの体が強張ったのがわかる。その反応は図星なのだろうか。俺はそうだと思うんだけれど。でも、そうじゃなかったらうれしかったのに。いつも自信ありげな声が、今は張りがない。

「…今日は、帰る」

ふい、と顔を逸らして、ローが俺に背中を向けた。その背中がやけに細く見えた。こんなに、華奢だっただろうか。

「荷物は好きな時に取りに来てくれていいから、おれの時間割知ってるよな」

「……」

そう語りかける。珍しく猫背になったローが徐ろに頷く。何故だかその背中を見ていられなくて視線を逸らすと、とん、とん、とローの足音が玄関に続いていく。それを聞きながら、俺はすっかり暗くなった外を眺めた。









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