拍手log 前回の続き、ユリアドルくんはキッチンにロールケーキの皿を置きに行くついでに自分の手配書を見ようとしたが、居たたまれない雰囲気に空気と化しているのである。ユリアドルは脳内で目の前の景色を映しながら呟いた。
彼の目の前ではまだサンジの後頭部は自信なさ気にうつむいている。

「でも、おれ、男だし、レディと比べたらやっぱり…」

「あら、どうして比べる必要があるの?」

言っていることは少し冷たいような気もする。しかしサンジにそう言ったロビンの表情は自分の子供を見るような優しいものだった。彼女は少しだけ声に出して笑うと、サンジが手配書云々で騒ぎ出す前まで読んでいたらしい歴史書を手に取った。

「あなたが男だろうと女だろうと、ユリアドルはあなたを選んだんでしょう、他の誰でもないサンジの、他の誰にもないものに魅入られてあなたを選んだんでしょう」

ふわ、とロビンが優しく微笑んだ。政府の魔の手から彼女を救い出す前、まだロビンも一味も警戒しあってた頃には見られなかった笑みだ。その美しさにサンジは顔の横で腕を組み、そしてくねくねと動き始めた。きっと目はハート型になっているだろう。

「そ、それは照れるなあ!いやぁ、ロビンちゃんにも俺の魅力が伝わってくれてると嬉し…」

「そうよね、ユリアドル」

もうメロリンという効果音を発するサンジの扱いにもなれたのか、ロビンは言葉を遮るようにユリアドルを呼んだ。そこでやっと、ロビンがユリアドルに視線を移し、サンジに存在を知らせた事になる。完全に背中を向けていたサンジはえっ、と手を組んだまま背後を振り返り扉に寄りかかるユリアドルの存在に気が付いて、ギャアとそんな声で叫んだ。

「お、おま、いつから…」

ユリアドルをびし、と指さしながらサンジは震える声で言う。顔色は赤面したり青ざめたり忙しく色を変えてまるでカメレオンのようだった。それを見てかわいそうになったユリアドルは少し思案しながら、それでもまあ、と包み隠さず真実を言った。

「あー、おれは許さねえぞこんなん!から?」

「最初からじゃねーか!」

あれ最初だったんだやっぱり、と思いながら、ユリアドルはわなわなと震えるサンジを見つめた。というか、最初から扉に寄っかかっていたにも関わらず、それに気付かない戦闘員もどうかと思う。いや、自分も戦闘員の端くれであるし、一応サンジはコックという部類にはいるのだが。サンジの後ろでロビンがふふ、と微笑んでいる。ユリアドルはぽりぽり、と頬を指で掻きながら、当然のような顔で言う。

「だいたい、どんな美人が言い寄ってきてもおれはサンジ以外を選ぶつもりはないよ、そんな事態ないと思うけど」

「…おう」

せわしなく変わっていた顔色が、結局は赤に落ち着いた。照れ隠しにぷい、とまたテーブル側を向いてしまったサンジに少し笑いながら、そこに広げられた一味の手配書を見ようとテーブルに近付く。

ルフィ、ゾロの手配写真は変わらない。ロビンの手配写真は子供姿から最近のものへと更新されていた。手を胸の前で構えたこれは混戦の中取られたものだと思われる。ナミの写真もさっき見たもので少し露出が多いだろうと心配になるのだが、やはり余計なお世話だろうか。

新しく仲間になったフランキーの写真はサングラスこそかけているものの周りを油断なく睨みつけ何かを叫んでいる様子が見受けられ、緊迫感のある写真だった。チョッパーは、いつ撮影されたものかは知らないが、大好物の綿飴に夢中になっている可愛らしい写真だ。その少額の懸賞金に、少し笑ってしまったが。

「ほう、よく撮れてるなこりゃ」

はは、と声をあげて笑う。そのまま重なって端だけ見えているサンジのものかユリアドルのものか分からない手配書に手を掛けた。瞬間にサンジがあ、と声をあげたが、時は既に遅い。ぺら、と捲って出てきたのはユリアドルの手配書だった。

「あ、おれの手配書」

「…焦った……」

自分のなら即座に隠すか破り捨てるか証拠隠滅に食べるかしようと思っていたサンジは鬼気迫る顔で溜め息をついた。そしてさっきまで彼の不安の種だったユリアドルの手配書を右側から覗き込む。

「この服装は…ウォーターセブン出航直前だな」

正面から撮影された、胸から上の写真だ。顔にいくつか擦り傷のようなものがあるが、それは明らかにロビンを命がけで救出した後日のユリアドルの姿だった。
そよ風が吹いた瞬間なのか、ふわりと毛先が舞っている。目は緩く、優しく細められ眉尻は少し下がっていて困ったような雰囲気があり、口は白い歯が見える程度に開いて口角が上がっている。
パーツ毎に説明するとそうだが、全体を総じて見た時にユリアドルは愛しい人を見るように優しい微笑みを浮かべていた。もともと顔が良いだけに、まるで絵画のような印象すら見受けられるので女子受けも良い違いあるまい。格好いい、と評判になる札付きの手配書は街に貼ってあると盗まれることもある。
この手配書の写真はサンジからしてみれば撮影した海兵と硬い握手でも交わしてネガでも頂いて焼き増ししたい程の出来であった。いい写真を撮った海軍をこの時ばかりは尊敬したが、ユリアドルのこんな優しい笑みを世の中の人間に触れ回しているのもまた海軍であって、サンジはやはり海軍に対して不満を募らせたのだった。

「あ、ここ」

「ん?」

ロビンは一件落着したと本を読んでいる。ユリアドルが自らの手配書を指差すと、サンジがそこにずい、と顔を近づけた。手配書の左下に、ぼやけた丸いものの一部が映っている。

「これがなんだ?」

サンジが眉をひそめた。遠くからズームで撮影したのだろうから、きっと手前の何かが写り込んだのだろう。それがどうしたのであろうか。

「分かってないなあ」

ふ、とユリアドルが笑んで、右側にいるサンジの、頭の右上辺りをぽん、と軽く触れた。なんだと抗議しようとユリアドルを見遣ると、彼は手配書と同じ柔らかなほほ笑みでサンジを見ていたから、息が詰まったように何も言えなくなってしまった。

その突然の甘い雰囲気にロビンは、頭の中で「あてられちゃうわね」と呟いた。ロビンにはわかっていたのだ、手配書のユリアドルの、柔らかな笑みの理由。そしてユリアドルの手配書に写り込んだ丸いものの正体。色素が薄いのでぼんやりとしか写っていないが、それが人間の頭で、ユリアドルのその愛しげな笑みを一身に受ける人物であること。

「言ったでしょうサンジ、大丈夫よ」

ふふ、と意味深に笑うロビンに、その意味がわかって苦笑するユリアドル、そして何も分かっていない未だ顔が赤いサンジ。手配書が全世界にばら撒かれても、もう心配はいらないだろう。



この笑顔は君だけのものだよ


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