拍手log 外からはぎゃあぎゃあと船長と船医と狙撃手が騒ぐ声が聞こえてくる。恐らくまた鼻の高い、否あれはもう長いの域に入る狙撃手が純粋な二人をからかっているのだろう。その様子が容易に頭に浮かんで思わずふ、と笑んでからチョッパーに借りたとある医学書にまた視線を落とした。
かちゃかちゃ、と食器同士が擦れる音がする。食前の包丁とまな板が奏でる音ともひと味違い、食後のこの音も中々にユリアドルの心を和ませる物だった。音源に目を向ければすぐに食に誠実な恋人が目に入るから。
ざぁざぁと流れていた水音が止まる。あぁ食器洗いも終わったのだな、とぼんやり思いながらまた本のページを一枚捲った。
革靴独特の足音がカウンターを回って読書中のユリアドルの元までゆっくりと移動してきた。

「お疲れ様、終わっ…」

「ユリアドル」

労いの言葉を遮られて、思わず目を丸くする。静かに人の話をちゃんと聞くクールな料理人には珍しい事だ。半分がブロンドの前髪で隠れているその表情に少し恥じらいのようなものを見た気がして、思わず込み上げたものをぐっと胸の奥に押し返した。

「どうした?」

ん?と自然と浮かんだ笑みで尋ねれば、最初から俯いていたサンジの頬に赤みが差した、ように見えた。

「…あー、その、よ……」

「うん」

「っと……」

「うん」

中々言い出せない様子の恋人の困ったような表情が、下を向いているせいで寧ろよく見える。くるんと巻いた眉のしたの垂れ目はユリアドルを捕らえずに斜め下を見てはいるが、きっと照れ隠しだろうとばれないように笑んだ。

「っ、あのな!」

「うん」

何度目かのこの返事でようやっとサンジが覚悟を決めたらしく、ガバッと顔を上げてユリアドルを真っ直ぐ見据えた。頬が羞恥に染まっている以外は敵に遭遇したような鬼気迫る面持ちだった。

「ぎゅーって、していいか?」

しぃん、と、キッチンの一切の音が消えた。外でウソップの嘘八百に引っ掛かったチョッパーの絶句が聞こえ、ルフィの大きな笑い声が走り抜ける。そんな賑やかな甲板とは真逆に、船内を少しの沈黙が支配した。その中に二人、顔を徐々に真っ赤に染め上げていくサンジと、目をまんまるにするユリアドルの姿。

「……っ、ぅ、やっぱりいい!」

「いや待て待て待て!」

くるっ、と突風のような速さで振り返って逃げ出そうとしたサンジの腕をそれ以上の速さで掴んで引き留めるユリアドル。その顔からは戸惑いや迷いは一切感じられず、どこかこちらも切迫していた。
珍しい事だ。さっきから珍しい事しか起きていない。サンジがあんなに恥ずかしがっていたのも、いきなり「ぎゅーって、していいか?」と聞いてきた事も。こんな機会滅多にない。自然な流れで毎回いちゃつくものの、サンジがら明白に意思を示される事なんて近年まれに見る好事だ。

「いや、何からしくねぇ事、言ったから……」

そう言って眉尻を下げる料理人に、こちらも柄にもなく少しテンションが上がってしまったと我に返る。いつもなら「そんな事ない」なんて言ってきっとぎゅう、と抱き締めている。
だからこそ。

「なんで、したいの」

「えっ」

かっと熟したトマトのように耳まで真っ赤にしたサンジの反応を見て自分が何を言ったか冷静に脳内で繰り返した。珍しく甘えてきた恋人の羞恥心を煽るように、わざと。全然冷静になってない、寧ろさっき以上にどう考えても暴走しているような。違うだろうともう一人の自分が今の発言に突っ込みを入れた。まったく、違うだろう。

「な、なんで、って……」

「言わなきゃ…させてあげないよ、サンジ」

だが、真っ赤になってふるふると震えるサンジなど、見れる機会はほぼないに近い。逃がさない、と手に微かに力を込めれば料理人は潤んだ目でようやくユリアドルを映した。

「お前が…、本なんか、読んでるから」

「え」

「い、つもは、おれが料理してる所も、皿洗ってる所も、こっち…見てんのに」

心臓を蹴っ飛ばされた、気がした。
ばくん、と一瞬馬鹿になったその器官が呼吸までも妨げる。うるうると揺れる青い硝子玉のようなサンジの目が、ふいと逸らされた。

「……だから、よ…何か寂し…っ!」

そこでサンジの言葉は途切れた。突然立ち上がったユリアドルに抱きすくめられて息を飲んだからである。ガタタッ、と突然ユリアドルが立ち上がった事で仕事を失い、バランスを崩した椅子が「危ないだろ」と非難の声を上げた気がしたが、そんなのは知った事ではない。思った以上に素直に言ってくれたサンジが可愛くて仕方がない。こんな近くにずっといたと言うのに寂しさを感じていたらしい恋人が、愛しくて仕方がない。

「あぁ、そうか」

「好き」という言葉で無くとも、行動や表情でここまで気持ちは伝わってきてくれるのだ、とおずおずと背中に回された腕に実感して、ユリアドルはふ、と微笑んだ。

「そんなに…ぎゅーって、したかったのか」




あなたが突然好きな人に「ぎゅーってしていい?」って言われたー(ユリアドルver)





***


好きな人「ぎゅーってしていい?」
ユリアドル「なんでしたいの?」
好きな人「えっ」
ユリアドル「言わなきゃさせてあげないよ」
好きな人はもじもじしている…
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