拍手log 「王下七武海専任連絡係、ですか…?」

アーモンド・アイを丸く開いて戸惑うように鸚鵡返ししたモアに、センゴクが頷く。その傍らにはつるがいつも通りの優しげな表情を微妙に険しくさせていた。珍しい、と少しだけそれに気を取られてから、聞き覚えのない役職に閉口する。

デスクワークをしていたモアが海軍のトップである元帥、センゴクの執務室に呼び出されたのは突然の事だった。先日、直属の上司である赤犬について出た海賊討伐作戦のための遠征から帰り、その旨を報告書にしたためていたところだった。とんとん、と一通り作成の終わった資料をまとめて持って揃えていると、ガチャリ、と執務室の扉が開いた。恐らく手洗いに席を立っていた部下が入って来たのだろう。モアは何気なく紙の束から視線を上げて、それからおや、と片眉を上げた。

「おかえ…何かありました?」

その部下が、腹を下しているにしても酷い顔色をしていたからである。そんなに具合が悪いなら、と医務室を勧めるが部下はいえ、と小さく首を横に振った。

「モア大佐、センゴク元帥がお呼びだそうです」

「…?わかりました、ありがとうございます」

その部下の顔色が悪い理由を、モアはまったくはかりかねていた。この部下は恐らく手洗い場かどこかで元帥本人と遭遇して、覇気にでも当てられてしまったのだろう。気の毒この上ないのだが、若くして大佐に上り詰めた彼はとことん鈍感だった。

基本平社員が社長に突然遭遇して、平社員が社長の顔を知っていた場合当然のように萎縮するものだろう。しかしその体質によるものなのかは知らないが、割合モアは覇気によって受ける影響がから少なかった。同じ力量の人間と並んで覇王色の覇気を受けても、周りの人間がバタバタと倒れていく中、彼は「いやあ、強そうだなあ」と困ったような穏やかな笑顔で笑ってみせるのだ。

彼は、繊細そうな見た目をして案外神経の図太い所がある。透明感すらある抜けるような白い肌は日焼けもせず傷を跡形も残さず回復するし、絹のような美しい金の髪をしているが散髪したての頃は毛先が掌に突き刺さる程鋭利な質感になる。美人薄命という言葉が似合いそうな見た目に反し昔から痛みにも強く、割合ほかの大佐格の海兵に比べて骨折や脱臼の数も少ない。神経が図太いどころか身体も強い、身も蓋もない言い方をすれば「フィジカルが強い」。それも異様に。

それに加え、天然が入ったおっとりとした性格からか物怖じすることもなく、上司と偶然に遭遇しても萎縮してしまうこともないし、すらすらと挨拶から今日の天気、行き付けのパン屋の話題まで持っていくことが出来てしまう。取っ付き易い上に仕事もできるからか、直属でない上司とも割とコミュニケーションを取ることができて可愛がられており、それも天然による産物なのだから同格や部下からのやっかみもほぼ無いに等しい、という海軍に珍しい温厚な人物である。

そんな彼が何故今回名指しで呼ばれたか。それは明らかに何か新しい任務に抜擢されたからに他ならなかったのだが、モア自身は前述した評価を割合自覚していないので元帥の執務室まで首を傾げながら足を運ぶことになった。

「留守をおねがいします」

「畏まりました、おめでとうございます、モア大佐!」

「?…ありがとうございます?」

よく分からないが祝われたのでお礼を言っておいた。この間モアは曖昧な笑みを浮かべているのだが、いかんせん顔立ちが整っているのでどう見てもふわりと柔く微笑んだようにしか見えず、部下たちはほっこりとその背中を見送ったのだった。

そうして元帥の執務室に辿り着いて冒頭に戻る。センゴクから言い付けられた役職名を取り敢えず後に続いて繰り返せば、センゴクは満足気に一つ頷いた。

「ビーグル大佐が地方支部勤務に移動したのは知っているか?」

「はい、確か奥さんの体調が宜しくなかったとか」

「もう持ち直したそうだが、やはりこれまでよりもっと家庭を省みた生活がしたいらしくてな、地方支部勤務を続けたいそうだ」

「そうでしたか…奥さんも喜ぶでしょうね」

好き合って結婚したのだ、やはり一緒に暮らしたいだろう。ビーグル大佐の奥方に思いを馳せてモアはにっこりと笑みを浮かべた。そこで、とセンゴクが言葉を続ける。

「そのビーグル大佐が前任の連絡係でな、後任にぜひお前をと」

「ビーグル大佐が?」

ビーグル大佐はモアよりも二十歳は上だ。接点と言えば食堂で二、三度話して、他に何度か書類のやり取りをした程度では、とモアは振り返った。だが実はその間のやり取りでビーグル大佐がモアの物怖じしない人柄に好感を持ち、後任に是非、と推薦していたのだ。それまで押し黙ってセンゴクの隣に並んでいたつるもひとつ頷き、それから口を開いた。

「あの子も見る目は確かだからね、あたしもあんたは適任だと思うよ」

でもねぇ、そう含みを持たせて続けるつるに、モアは黙って続きを待った。つるがもう一度口を開く。

「今回は、相手が悪い」

「相手、というのは」

王下七武海専任連絡係。その名前を聞いた瞬間にモアの脳内に浮かんだのは、もちろん屈強な海賊達だった。どんなに下っ端の海兵だろうと、どんなに世間に関心のない一般人だろうと、その肩書を聞いた事がない人間はいないだろう。その位政府公認の海賊に選ばれる彼らは強く、そうして気難しい荒くれものだ。そんな海賊たちを相手にしては幾ら打たれ強く図太いモアでも力不足だし、何より若すぎる。きっとつるはそう言いたいのだろう、と短い時間で考えを巡らせたモアは、うーん、と一つ唸った。それはもっともだ。もっともなのだが、しかしながら期待されて推薦された職務なのだ、出来る限り断りたくない。

「確かにおれはまだ経験不足もいいところですし、七武海を相手にするには足りないかもしれません…ですが」

「いや、そうではない」

一度任せてみてもらえませんか。そう続けようとした言葉はセンゴクに遮られた。つるがひとつ頷いたのに首を傾げると、センゴクは額に手を当てて溜め息を付く。

「お前は、あいつに気にいられかねん…!」

どうやら王下七武海という名がついていても全員に連絡を回すわけではないらしい。なるほど、と一つ増えた情報に納得してセンゴクとつるを見やると、つるの方が少しげんなりとした様子で答えた。どうやらモアが辞退する様子がないのを悟ったらしい。

「あんたの担当はね、モア、ドンキホーテ・ドフラミンゴだよ」

ドンキホーテ・ドフラミンゴ。天夜叉と名高いその海賊は一国の王であり王下七武海。人を容易く操るイトイトの実の能力者であり、人身掌握にも長けたドンキホーテファミリーの頭である。性格も自由気ままで曲者だということは有名な話だ。しかし。

「そうですか、一人だけなら楽そうですね」

呑気にもそんなことを口走ったモアにセンゴクは絶句して、それから頭痛を抑えるように額に手を当てた。その横ではつるが一つ深いため息をこぼしたという。これがモアにとっての大きな人生の転機になった事など、まだそこにいる誰も、モア本人ですら、知る事は無かったのだ。

ともあれ、これが予期せぬモアとドフラミンゴの出逢いのはじまりとなったのだった。




拍手ありがとうございました!




←:→


383620
- ナノ -