拍手log 「キャプテンって、パンが嫌いで米が好きなんだよな?それなら餅はどうなんだ?」

もぐもぐ、とシャチが磯辺餅を咀嚼しながら思いついたように口にした。正面に座っていたペンギンはあぁ確かに、と汁粉に沈んだ餅を箸で掴みあげた手を止める。ベポは雑煮のとろけた餅を口に含みながら二つ頷いた。

今までの正月は航海の日程や仕入れルートの関係だとかで餅を食べることが出来ずにいたのだが、今年は初めて餅を売っている島に上陸することが出来てそれらしい正月を過ごせることになった。それに伴いやれ汁粉はこしあん派だとか、やれ雑煮は薄味だとか、磯辺餅は砂糖醤油だとか各々の好みの味が露呈したのだ。

正月、と言っても船の中に門松を飾ったり、どこかに参る、何てことはしない。第一ここは海底であるし、大きな飾りは後に荷物になるからとローに却下されたのだ。雰囲気を大事にするシャチやイッカクは大いに残念がっていたがペンギンがフォローして何とか正月らしいことは食料である餅の購入に限られた。

「いや、でもさ、考えてみろよ…餅って原料米だぜ?」

ペンギンがシャチの発言に呆れたように返す。確かに餅の材料は餅米、といえどローの好物の米である。形状は違えど元々の素材自体は同じなのだからイコールローも食べることが出来るだろう。ペンギンはそこまで言ってやっと汁粉のすっかり流れ落ちた餅をまた餡につけて口に運んだ。

「いやでもさ、形ってか工程ってどちらからと言ったらパン寄りじゃね?」

「膨らんでないだろ」

「パサパサ感はないよ?」

「いやでもさ、潰してるんだし」

一人と一匹がかりで否定を繰り返されるシャチは、そう一言言ってから残りの磯辺餅を口に運んで頬を膨らませながら話す。行儀が悪い、とペンギンが指摘した。

「潰してる時点で米の原型ねぇじゃん」

「あ、そっか」

「それは屁理屈だろ」

「お餅って焼いたら膨らまない?」

「あ、確かにそうだな…やっぱりパン寄りだろ」

「ってか餅をパン寄りか米寄りかなんて考えがそもそもおかしいんじゃないか?」

ペンギンが漸く話の核心を突いた所で、食堂のドアが開いた。一瞬ローかと思い警戒する二人と一匹だが、室内に姿を表したニット帽を見てほっと肩の力を抜く。

「…なんだ、イッカクか」

「なんだってなんだよ!やんのかシャチあけましておめでとうございますゴルァ!」

「やんねーよ!なんで新年早々喧嘩腰での登場!?ハッピーニューイヤーオラァ!」

「公共スペースに入っただけで突然ガッカリされたおれの身にもなれや!今年もよろしく!」

「それは…ごめん!こちらこそよろしく!」

「何でもいいけど要所要所に新年の挨拶ぶち込んでくるのほんとなんなの?」

「気にしたら負けだと思うよペンギン」

一瞬にして食堂が騒がしくなる。現れたのは船長、ローの恋人でもあるクルー仲間のイッカクだった。昨晩カウントダウンパーティというこじつけの宴で夜を徹して騒いだペンギン、シャチ、ベポその他のクルーとは異なり早々にローを寝かしつけに回った男である。ちなみに他のクルーは未だ酒を飲み過ぎて起き上がることができないらしい。恐らくローとイッカクは、昼頃になって起きて初ブランチを食している三人とは別に既に朝食は済ませたのだろう。新年初おふざけがうまく決まったイッカクはシャチと固い握手を交わしてから、ストーブの上に置いてあったやかんでココアを入れていた。

「ったく、今年もシャチはキレッキレだな」

「なんだよ、お前だって良かったぜ相棒」

新年早々突っ込まされるおれってなんだろう。ペンギンはそう思いつつはあ、と深い溜め息を吐いた。今年も頑張ってペンギン、とベポがその項垂れた背中を擦る。

「そういえば、イッカクとキャプテンはもうお餅食べたの?」

ベポがペンギンを慰めながらイッカクに尋ねる。二つのマグカップを用意しながらイッカクは、あぁ、と答えた。

「あぁ、キャプテン眠そうだったから焼いて部屋まで持ってったわ」

「お前それは甘やかし過ぎ」

「あ、その時の話なんだけどさ、聞いてくれる?聞いてくれるか、ありがと」

「聞くって言ってねぇよ!」

「うわぁ、新年初のろけだ…」

「気にしたら負けだと思うぞベポ」

果敢に立ち向かうシャチに対しペンギンは早くも諦めて自分の餅を咀嚼し始めた。そんな様子も気にせずイッカクはその辺の椅子に腕を組んで座る。これは長くなりそうである。

「寝ぼけたキャプテンに餅渡すじゃん?あ、餅ってのは一応雑煮の餅だったんだけどさ、キャプテンに箸と雑煮の椀渡した訳よ、そしたらさ、キャプテン今まで餅食った事なかったみたいで」

「ちょ、ちょっと待て!」

「おれがさ、キャプテンお餅ですよー、って言ったら目ぱちぱちさせちゃってさ、もー超かわいいの!何あれ!犯罪!懸賞金四億余裕だわ!」

「何言ってるかわかんねぇし待たねぇのかよ!」

ヒートアップして行くイッカクにシャチが静止を掛けるが止まる気配はない。それどころか組んでいた腕もいつの間にかぐっ、と拳が握られている。

「それで餅食うんだけどさ、めっちゃ伸びんの、めっちゃ伸びんのあれ煮込んでるから、それで箸で引き伸ばすんだけど全然切れないの!餅噛みきれないキャプテンかわいい!」

「え!キャプテンって餅食えんの!?」

「それでおれが、危ないからよく噛んでくださいって言ったら、ずっと噛んでんの!顔めちゃくちゃ眠そうで半分目閉じてるのにもう口いっぱいに餅詰め込んでもっちもっち噛んでんの!もうおれどうすればいいの?キャプテンの可愛さに胸打たれて死ねばいいの?最後にうまい、って微笑まれてさ、ほんとに寝ぼけてんの?おれの事殺そうとしてるんじゃないの?」

「そっか!キャプテンはお餅好きなんだね!」

無駄な話を聞かされている間に自分達が聞きたいことの核心が転がり出てきたと、言わんばかりにベポが都合の良い部分だけ抜粋した。抜粋と言うより他の部分を切り落とした、という気もする所だが、可愛い白熊の彼に限ってそんなことはしないだろう。しかしそんな事に気付いた様子もなくイッカクはおう!と返事をして話を続ける。

「それでおれが、キャプテンの好き嫌いはよく分からないですねって言ったらさ、キャプテンが顔赤くしちゃって、お前が作ったのじゃなきゃ…あ」

シャチ、ペンギンの二人とベポの一匹から見れば面倒な事この上ない惚気がとめどなくイッカクの口から湧き出る。しかしその話が佳境に入ったその瞬間、イッカクの体が縦に二等分、ちょうど顔面が左右に別れる形となって別々の方向に倒れた。脳天からよく切れるナイフで勢い良く切り裂かれたように躊躇いのない切り口から血が出ていない事と、ちょうど一本ずつ分かたれた両側の手足が死後の痙攣ではなく明らかにびたんびたんと意思を持って暴れている事から、この現状を創りだした犯人がすぐさま特定出来るというものだ。

「………キャプテン、あけましておめでとうございます」

「キャプテン!おはよう!あけましておめでとう!」

「………あァ」

イッカクがやいのやいの騒いでいた間に現れたらしいキャプテン、ローは新年早々人をバラした直後の様な顔で現れた。否、今まさに食事中の二人と一匹の前に相応しくない状態になっている男が一人いるのだが。その男、イッカクの転がった右半身の脇腹を、ローがげし、と軽く足蹴にする。

「…これに、なにか余計なことを聞いていないか」

「いえ、なにも」

ペンギンが即答する。ローの言う余計な事が惚気のたぐいであれば寧ろ余計な事しか聞いていない事になるのだが、それにまともに答えるほどハートの海賊団船長の右腕は愚かではなかった。もし聞いたなんて口走ればその記憶が無くなるよう何らかの処置が施される他無いだろう。敵でもないのに自分に向けられた「気を楽にしろ」なんて台詞は聞きたくもない。嫌な夢でも見た様な表情のローは、そうか、と唸るように吐き捨てて細長くなったイッカクを左右の腕で別々に脇に抱え上げた。

「…これが迷惑を掛けたな」

「なんの事ですか」

「キャプテン!後でお餅一緒に…」

「シッ!ベポいけません!」

ベポが屈託のない笑みでローを昼飯に誘う。事実せっかくだからと買い込んだ餅の量はクルー全員が三食欠かさず食べて数日分はある。シャチに静止されたものの、その誘いにローは一瞬ぽかんと目を丸くして、それからふ、と微笑んだ。

「………まぁいい、お前ら」

「はい」

「…今年も、よろしくな」

じたばたと暴れる仲間の二枚卸しを両脇に抱えた船長は、シャチ、ペンギン、ベポに背を向けて食堂を後にした。後に残された彼らは、ローが餅を食することが出来るのか、その問の答えをそっと今年初めての迷宮入り、という事にして各々の冷めた餅に向き直った。

その後、除夜の鐘にも匹敵する大きさのイッカクの断末魔が上がった事など、言うまでもないだろう。



「お前が作ったものじゃなきゃ初めて食うもんなんていらねェよ」


拍手ありがとうございました!今年もよろしくお願いします!

top





←:→


383355
- ナノ -