「あー…釣れねぇー…」
うだうだとウソップが呟いた。海に垂らした釣糸は確かにさっきから動かない。キッチンから出て、思いの外強かった太陽の光に目を細めたユリアドルは、そこに近付きながらサンジから貰った林檎の皮を頬張った。今日のおやつのアップルパイのおこぼれである。本来なら皮も残さず使うのだが、サンジがこれならとユリアドルに差し出したのだ。
「何だ、掛からないのか」
横にはウソップよりもだらっとしたルフィと、暑さのせいか虚ろな表情をしているチョッパーも釣竿を握っていた。この分だと今日の晩餐はヘルシーな女性向けのものになり、ルフィ当たりがぶつくさと文句を言いそうだ。
「おれ肉が食いてぇよー!にーくー!」
ついに後ろに倒れ込んで肉コールをしだす船長。後の二人もタンパク質をご所望らしく、はぁ、と頭を垂れた。
「サラダも栄養があって良いと思うけどな」
「でも肉!肉が食いてぇんだ!」
「サンジの飯は何でも美味いんだが…まぁ、そんなに肉がいいのかねお前らは」
「あったり前だろ!肉じゃねぇとくってるきがしねぇよぉ!」
苦笑して上着を脱ぎ捨て、中のシャツまで取り払って上半身裸になったユリアドル。それから歯と片腕で両手に鉤爪を装着し、船の縁に軽やかに立つ。不思議そうにする三人に一様に手をひらひらと振り、それから今度は悪戯っぽくにっと笑った。
「今日はちょっとした宴が良いってサンジに伝えてくれ、肉ならいくらでもあるから、ってな」
ぱぁぁあ、と条件反射で表情が明るくなったのはルフィだけである。ウソップはまさか、と引き釣った笑みを浮かべ、チョッパーは意味が分からずキョトンと首をかしげた。ユリアドルは海に視線を落とし、そして一度屈伸運動をしてからそのまま船の縁を蹴って体操競技のように軽やかに海に身を投げた。
「えええええ!!?」
「ぅぇえええ!!?」
「っでえええ!!?」
三人が同時に叫び、だっ、とユリアドルが飛び降りた海を覗き込む。すると丁度、本当に丁度信じがたい光景が目に飛び込んできた。
ばくん。
「……」
「……」
「……」
船と同じくらいはあろうかという海王類の洞窟のような口が、自動ドアよろしくユリアドルを閉じ込めた所だったのである。
ウソップが腰を抜かしてペタリとその場に座り込む。チョッパーはやっと「……あ、あぁ…」と言葉を発してその場から震えながらよろよろと二、三歩下がった。
「っ…おい、ユリアドル!!」
「おいお前ら、いつまで外に居んだ、おやつが……」
その時、キッチンからサンジが顔を出した。あっ、サンジ!とルフィがそちらに注意を反らした瞬間。
ごっくん。
海王類の喉元を、何かが通過する音が聞こえた。
「……うわぁぁあ飲んだァァ!!?」
「さっきから何だクソゴム!」
煩ェぞ!中まで聞こえてきてんだ!とルフィを叱るサンジ。だがルフィはそれどころではないと、眉間にシワを寄せる料理人に詰め寄る。
「それどころじゃねェぞ!ユリアドルが、ユリアドルが!」
あぁ?と尚も状況を飲み込めていないサンジは、説明に失敗し倒すルフィに歯痒さを感じいつでも鉄拳(?)制裁を食らわせられるように踵を微かに浮かせた。蹴る気満々である。腰を抜かしてひいひい言いながら抱き合うチョッパーとウソップはこの際無視で行こう。ものすごい剣幕のルフィを見やれば、船と並走する海王類を指さしていた。
「あぁ、あいつを今日の晩飯にする算段って事か」
「おう!肉だ肉!…じゃねぇ!いやそうだったんだけどよ!なんて言うかもうその逆が起きてるんだよ!」
「あ?逆だ?」
晩飯の逆?とサンジは首を傾げた。晩飯の逆といえば朝食だが、あいにく今はおやつの時間であり朝食は既に終わっている。意味が分からずにルフィが頭を悩ませている様子を見てこちらまで考えあぐねていると。
「グルルオオオオオーーーッ!!!!」
凶悪な顔の海王類が突然ばしゃん、と水しぶきを起こして暴れだした。何だこいつ、悪いもんでも食ったのか?とサンジが暢気にルフィに尋ねると、ルフィが一瞬応えあぐねる。
「…ユリアドルって、悪いもんか?」
「………えええええ!!!」
もう何が正しいのかわからない、と言った顔のルフィの一言に全てを察したサンジは顎が外れんばかりに驚愕した。あの海王類が暴れ始める直前に食べた悪いもの、それが即ち自分の恋人だと知って驚かない人間がいるだろうか。
「うおおおおユリアドル!!今助けに…!!」
「ダメだサンジ!お前まで食われるぞ!」
がくがくと震える膝を叱咤して立ち上がったウソップがサンジを止めようとするが、それは見事に躱されてしまった。サンジが床を蹴って船の縁まで跳躍しようとした、その瞬間。
「グォ、グオオオオオ!!!」
断末魔の叫びを上げて、海王類の体が四散した。サンジを止めようと腕を伸ばしたルフィ。さっきまで必死で立ち上がっていたウソップはもう床に尻餅をついていて、チョッパーはその影に隠れている。サンジは助走の段階で行動を止めるしかなく、走っている格好のまま止まっている。
それから四散した肉が海から飛び上がるように宙を舞い、一瞬のうちに甲板に影を落としてから、段々とその影を大きくしていく。そして、鋭利な刃物で切られた切り口の真っ直ぐな肉塊が、雨のように降り注いだ。口を開けて呆然とする四人の前に、狙ったように積み上げられた、海王類の肉。
「これくらいでいいか…?どうした、皆してそんな面白いポーズを取って」
その声と共に船の縁から懸垂の要領で上がってきたのは、海王類に食べられたと思っていたユリアドルだった。ユリアドルが鉤爪を外しながら首を傾げると、次の瞬間甲板は阿鼻叫喚に包まれたのだった。もちろん、今夜は宴だろう。
今日のばんごはん
拍手ありがとうございました!
←:→
383613