拍手log 「あんのバカッ!何をしてんのよ!」

ナミの怒号が響く。ユリアドルはそれを、まあまあ、と宥めて苦笑した。まあ、あのバカとも言いたくなる。

サンジが、誘拐された。彼は船番だったので一人サニー号に残し皆各々欲しい物を買いに街へ散策へ行っていたのだ。どうやらそれがいけなかった。サンジを連れ去ったのは山賊で、ご丁寧にキッチンのテーブルの上にメモが置いてあったのだ。

「お仲間を一人預かりました、返して欲しければ一億ベリー持って私達のアジトまでいらっしゃい」

そして、その下に、赤い口紅で象られた唇のあと。相手は十中八九女だろう。してやられた。サンジが女性に手を挙げられないのは麦わら海賊団周知の事実だ。彼の場合は足、だが。

「あー、まあ、相手がいわゆるレディじゃサンジに勝ち目はなかったんだろうなあ」

「のんきに笑っとる場合かっ!」

一億なんてないわよ!と叫んだナミの怒りのこもったツッコミはいつにもましてキレが良い。ユリアドルは思わずははは、と笑った。

「まさか、おれはこれでも少し怒ってるぞ」

え?とナミが不思議そうな表情に変わるが、ユリアドルの笑顔は引っ込まない。ただ、彼がずっとこんなに笑っているのは珍しい、気もする。冗談だろうと思いその顔を眺めていると、笑みに閉じられた瞳が少しだけ開いた。ナミの背筋に冷たい汗がにじむ。

「…っ!ユリアドル…なんて目、してんのよ」

「腹減った飯ィ!」

その時、バンッ、と勢い良くドアが開いた。おそらく食べ物でお小遣いをすべて使い切ったのだろう。街から帰ってきてすぐ腹が減るなんて胃袋底なしである。空気を読まんか、と怒鳴ろうとしたナミの声は、異様なほど凪いだ声に飲み込まれることになった。

「ルフィ、ちょっと出かけてくる、忘れ物をしたみたいだ」

「なんだ?くいもんか?」

「まあそんなとこ」

ナミはなんだかすごく泣きたくなった。どうして忘れ物を取りに行くのにバッグにゾロの鉄アレイを詰めているのか。どうして忘れ物は食べ物限定なのか、しかも返事が適当すぎる。ツッコミ不在常識人不在の状況にここを去りたくすらなった。

「だからルフィはナミをここで守ってろ」

「?…いいぞ!」

どうして忘れ物を取りに行くのに船で守ってる役がいるのか全くもって訳がわからない。ナミはもうそのへんはスルーすることにして、はあ、と溜め息をついて椅子に腰掛けた。

「ユリアドル」

「なんだ」

ルフィが、ニッ、と笑う。その笑みはどこか好戦的なものだった。

「おれは山賊はきらいだ」

「…お前の分も暴れてくるよ、船長」

にしし。ルフィの笑い声を背中に浴びながらユリアドルは部屋を後にした。どうやらルフィも状況をわかっていたらしい。ナミは面倒な奴ら、ともうひとつ深い溜め息をついた。

山賊というくらいだからアジトは山だろう。そんな適当な浅慮も、当たるときは当たる。ユリアドルは山の古城の門を門番諸共蹴破ってすでに建物内に侵入していた。集団の頭は然るべき場所に居たがる。こういうことを働く輩は特にだ。そしてその考えもまた、今回の事件には当てはまった。

「あら、随分と早かったんですのね、ちゃんとお金も持ってきたようで」

うふ、と鉄アレイ入りのバッグを見ながら笑みを浮かべる女に、ユリアドルは答えることをせずに部屋の様子を見渡した。玉座に女が座っている。そして対になる玉座の足下に見慣れた金髪の痩身が、手足をロープで結ばれて猿轡を噛まされていた。女は尚も話し続けた。

「私たちは女山賊の集団でしてね、皆男に酷い目にあわされたものばかり、でも戦闘の腕を磨いて今は男だって容易に片付けることが出来ますわ、そう、それが」

カッ、と、女の目の前まで来たユリアドルの靴が鳴る。女は妖艶にニッコリと笑った。

「海賊でもね」

袖口に隠されていたらしいナイフが、きらりと輝いてユリアドルの心臓に突き立てられる。丸腰のユリアドルに完全に勝ったと思ったのだろう。しかし、そのナイフは心臓の直前に圧倒的な力に阻まれる事になった。

「御託はいい」

ナイフを素手で握ったユリアドルの手から、血が滴るのをサンジは見た。んん!と猿轡を噛まされたまま叫ぶ。だが、ユリアドルは全く手の平を傷付けるナイフを意に介さず、反対の、バッグを持った手を握り直した。

「おれのものに手を出したんだ、覚悟は出来てんだろうな」

「なっ、あんた、なにも」

女の言葉は最後まで続かなかった。鉄アレイの入ったバッグが武装色の覇気でそれ以上の高度を手にいれた。な、と驚愕に目を見張った、その脇腹に、武器となったそれがめり込んで、女の体はいとも簡単に宙を待って壁に打ち付けられた。

「海賊だ、ドアホウ」

ユリアドルの質問の答えは、もう気絶した女には届いていなかった。ドン、とバッグをそこに放り出して、今度はサンジに歩み寄る。やばいと肌で察したのか、サンジはすっと、ユリアドルから目を逸らした。その姿を目に映し、ユリアドルは、はあ、と溜め息をついて足のロープを奪いとった血塗れのナイフでザクザク、と切り進める。

「サンジ」

「んぅ」

「お前が女に手を出せないのは知ってる」

「………ん」

足の拘束が外れた。手を頭の上に縛られ、猿轡を嵌められた状態になる。手を止めたユリアドルに、サンジがおずおずと視線を上げた。怒りに染まった眼と視線がかち合い、思わず身構えそうになるが腕が結ばれているせいでバランスが取れなかった。ガッ、と床に体を押し付けられて、反射的に抗議の声が出るが、ずい、と近付いてきた顔のせいでそれ以上何もする事ができなかった。

「でも、ここまで無抵抗に拘束されるって、何考えてんの、殺されても文句言えねえぞ」

「…んん」

「アジトに男が居て、マワされても文句言えねえぞ」

「んん、…ん?」

話が変な方向に飛んだな、というのは一瞬だけ分からなかった事だ。気付かずに肯定してしまった事に、ユリアドルの眉間にシワが寄る。どうやら失敗してしまったらしい。スーツの裾の部分から、血に濡れていない方の手が侵入してくる。

「んん!?」

ぐい、と怪我をしている方の手で、拘束されている両手が優しく床に押し付けられた。なんだなんだ、頭の回転が追いつかない。

「なあ、こんな風に押さえつけられて、服脱がされて、触られても、文句言えねえんだぞ」

ズボンの中に仕舞っていたワイシャツの裾が外に出され、その中にまで手が押し入ってくる。脇腹を指がかすめて、くすぐったくて思わずびくり、と体が動いた。

「…っ、んっ…」

鼻に掛かった甘い声が出てしまい、思わずぎゅ、と目を瞑れば、ぴたり、と、そこでまた手が止まる。ドキドキ、といつもより早く拍動する心臓を感じながら、サンジはもう一度ユリアドルの顔を見やった。

「……………あ、いや、違うんだよ、ごめん」

すっ、と服の中の手が出て行って、ナイフで慎重に手の拘束が解かれる。あとは自力で猿轡を取り払えば、呆気無く自由は戻った。ユリアドルはサンジに背中を向けて、バッグを拾い上げる。

「なんだよ、怒ってたんだろ」

「いや、まあ、怒ってたけど、怒ってたけどなんか、うん」

「なんだよ」

「いや、予想外だった、なんかおれ、予想以上に怒ってた」

「…その顔で?」

「やめて」

がしがし、と後頭部を掻くユリアドルに、サンジが声を上げて笑う。悪かったって、と諸々の事に関し謝れば、うん、と返事が返ってくる。

いや確かに怒っていた。山賊にも、大人しく捕まったサンジにも。しかしユリアドルの脳裏には、不謹慎ながら猿轡を噛んでくすぐったさに身を震わせるサンジが、酷く官能的に映ってしまったのだ。まったく、情けない話である。ユリアドルは真っ赤になってしまった顔を、ぺしん、と叩いて、反対の手をちらりと見やった。船に帰ったら心配症の船医にまた大声で医者を呼ばれるだろう。




さ〜て、今週のユリアドルとサンジにぴったりのBLシチュエーションは〜?
1.口を塞がれて
来週もお楽しみに




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