短編
「メアリー嬢、誰か来ましたね」

「メアリー」は「百一年の孤独」の言葉に、スケッチブックから視線を上げて彼を見る。「百一年の孤独」と名付けられた彼は自ら名を改め「名前」と名乗って居た。過ぎた美しさ故に宛てがわれた孤独に、胸を掻き毟られるような寂しさを抱く男の絵である。

「うん、イヴと…あと、ギャリー」

ギャリー、の名は吐き捨てるように出された。「メアリー」の興味はイヴ以外の人間には塵に等しいようである。「百一年の孤独」は困ったように柔らかく笑い、「メアリー」に言い聞かせるように優しく言った。

「メアリー嬢、私達が呼んだのですから、そのようにぞんざいに扱っては気の毒でしょう?」

言われた彼女は一瞬ぽかんと目を見開いてから、それから細い眉をきっ、と上げて「百一年の孤独」を睨み付ける。暫しパレットナイフで刺すような視線と慈愛に満ちた笑みで相手を伺い、ヒステリックに言った「メアリー」が先に視線を外した。

「イヴは大好きよ、きっと赤くて綺麗な薔薇を持って会いに来てくれるわ!でも、でもギャリーは!ギャリーは邪魔者なの!私とイヴがお友達になるのにギャリーは必要ないわ!」

「おや、手厳しい」

いやはや、と苦笑する。青い人形が「メアリー」に赤いクレヨンを手渡せば、スケッチブックで笑うイヴの手に大輪の赤い薔薇が咲いた。その横にも金色の髪の少女が楽しそうに笑っているのを名前はにっこりと笑って見た。青い薔薇を持つ青年は、居ない。

「彼は、メアリー嬢には要らないのですか?」

「要らないって言うより、邪魔なの!」

「そうでしたか…」

「百一年の孤独」は「メアリー」に悟られず小さくほくそ笑んだ。彼女はざかざかと紙にクレヨンを滑らせて苛々と口を開いた。

「私はイヴが居れば良いの」

だから、その間に居る大人は邪魔なのだ。暗にそう話した「メアリー」は、ばしっ、と青いクレヨンを床に叩きつける。柔らかい画材は床で一つ跳ね返って腹部で別れた。それを見て、「百一年の孤独」はにこりと笑みを浮かべた。

「メアリー嬢」

「なによ」

「ギャリーが要らないなら、私にくださいませんか?」

ゆっくりと視線をあげた「メアリー」の表情が、満足げな笑みに歪む。先程まで激昂していた少女とはもはや別人である。

「いいわよ、あげる、邪魔だもん」

「ははは、有り難く」

「百一年の孤独」は小さな「メアリー」の手を取りその甲に口づけを落とす。幸せそうな顔である。ではあるが、目の奥に灯る暗い光は。

「その代わりずっと捕まえておくのよ?二人でこの世界で暮らして、ずっと、ずーっとよ?」

「勿論、そのつもりですメアリー嬢」

ふふふ、と笑い合った二つの笑みはどこか狂気に満ちている。欲しいものを手に入れる、この場所から抜け出す。今まで抱えていた孤独など、気付いたらもう心から抜け出していた。
二人の人間と二枚の絵画、その出会いはもう少し先の話。





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