短編
ガッシャーン、と遠くに吹っ飛んだおれの体が大きな音を立てて壁にぶつかって一瞬めり込み、テーブルにドスンと音を立てて落ちる。背中の鈍い衝撃に呼吸が止まり、それと別に額にヌルヌルとした液体の感触がある。どうやらテーブルに乗っていたグラスで皮膚が切れたらしい。真っ白だったテーブルクロスが赤黒く変色していく。

「おいコラソン、それはいくらなんでもやり過ぎなんじゃないか」

ドフィがコラさんにたしなめるように言う。おれが真っ赤になったテーブルから頭を上げて目に入りそうな血をぐしぐしと拭いたら、コラさんは確認するようにこっちを見て一枚の紙を出した。

『ガキはきらいだ』

「でもコラさん、名前が死んじゃうわ!」

ベビー5が大声で言うのを遠くで聞き、俺は内心で笑う。ガキが嫌い?そんなわけないんだ、だってコラさんはおれが壁に当たって落ちた瞬間にヤバイって顔をした。きっと俺が死んだと思ったんだろう。この前もそうだった。この前もコラさんの足元を歩いていたらコラさんに蹴っ飛ばされて、ベビー5の射的練習の的の前に飛び出してしまい誤射された。
撃たれたのは幸い太腿だったがその時のコラさんの顔と言ったらもうお笑いだった。やってしまったと顔に書いておきながら無関心を装うとしているのだ。本当に面白い人だ。彼は本当は、どうあがいても子供好きだ。

「ドフィごめんデーブルクロス汚れちゃったねちょっと洗ってくる」

おれはにやけるのを必死にこらえて汚れた高そうなテーブルクロスを引っ掴んで周りの目も気にしないで洗濯場に足を向けた。コラさんは子供みたいに純粋な人だ、俺みたいな子供が言うのも何だが子供みたいな人だ。とてもかわいらしい。
殆どベビー5と同じように家族に捨てられてひとりになったおれは、捨てた家族からしてみれば全くいらない子ではなかった。父親の、母親の鬱憤を晴らすための、露骨に言えばサンドバックとして殴られ蹴られ時には殺されかけたりしていたのだ。結果として、おれは過剰な痛みに痛覚を失うことになった。だからこそ、コラさんに殴られる時にその動きを冷静に観察することが出来るのである。

おれは先程のコラさんのことを思い出してくすくすと笑いながら洗濯場までついてタライに水を溜めてテーブルクロスをぶっ込んだ。血はお湯に浸すとシミになってしまったりと落ちにくくなる。そしてそれをしゃがんでごしごし、と擦って水を流して、を繰り返す。テーブルクロスはシミを残すことなく真っ白に戻った。

「いい感じ」

そう呟くと、背中の真ん中辺りに衝撃を感じた。ドン、という音がしたが衝撃だけでやはり痛みは感じない。振り返るとそこにはサングラスをした表情の読めないコラさんが片足を上げて立っていた。どうやら背中を軽く蹴られたらしい。

「どうしたのコラさん」

『てあてはしてないのか』

「あ、忘れてた」

『アホ』

ちいっ、と大きめの舌打ちをしたコラさんが、どかっとその場に座った。その時に傍らに置いた箱には見覚えがある。ベビー5の救急箱だ。どうやらさっき憤怒していた彼女と度の過ぎた攻撃にあまりいい顔をしていなかったドフィに促されたのだろう、不本意そうにコラさんがその箱を開ける。その様子に思わず、さっきは堪えられた笑いがこみ上げてきてしまった。

『なにがおかしい』

「コラさんってさ、本当はいい人でしょ」

コラさんの大げさな化粧で、表情はわかりづらい。でもよく見てきたおれは分かる。コラさんは微かに驚いたように目を見開いていた。

『なんで』

「だって、おれを強く殴りすぎた時は、やっちゃったって顔するんだ」

ふふ、と笑ったおれの血まみれの額を、どうしてか悲しそうな目になったコラさんが消毒液付きの脱脂綿でグリグリとこすった。おれは手当中にドジられないかハラハラしていたが、そんな顔は初めて見た。きっとコラさんがおれを殴ったり蹴ったりするのには、理由があるんだろう。コラさんはやっぱり、いい人だから。

だから後から入ってきた治らない病気を患ったローが、コラさんにファミリーから連れ出された時は皆驚いてたけど、おれだけはまた自然と笑ってしまったのだ。コラさんがローの病気の治し方なんて知るわけない。だけど「ローのビョーキをなおしてくる」のメモにやっぱり、コラさんはいい人なんだって。




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