短編
借りた大浴場で清めた擦り傷だらけの身体を乱暴に拭って、これまた借り物の服に袖を通した。砂漠の街であれだけ大きな風呂場があるなんてすごいな、なんて濡れ髪をタオルで掻き回す。

ふう、と一息吐いて、飲み物でもあればと周りを見回すと、さっき幸せパンチを食らって死にかけていたサンジが身体を起こしていた。どうやら鼻血は止まったようだ。畳まれた黒縁の眼鏡を手にするサンジに、横から声を掛ける。

「なんでまた"プリンス"だったんだ?あいつらみたいに数字でもないし…それに、女性に傅くお前ならてっきり騎士様かと」

くる、と首だけで振り返ったサンジは、ふ、と軽く笑ってそれを掌で包み隠すようにした。

「…まぁ柄じゃねぇが、秘密の顔ってことにしとけ」

悪戯っぽく笑った悪戯小僧の暗躍は、今回の件でかなり有効に作用していたように思う。普段の様子からレディの尻を追っかけまわしていたり新しい島にはしゃいだりと、なんとなく頭の軽そうなイメージを受けていたのに、案外頭のキレる男だったらしい。

「じゃあミスター・プリンス、お前のナイトはおれってことで一つ、どうだい?」

ゆったりサンジの横に座って、その顔を下から覗き込むようにする。途端に鬱陶しそうにこちらを睨み下ろすそいつは、近付くなとでも言うようにおれの顔を掌で押し退けた。恋人なのに扱いがぞんざいなのはいつものことである。

「いらねぇよクソ馬鹿野郎、テメェよりおれのほうが強いだろうが」

ごもっとも。ただの花火師のおれと戦うコックさんでは、まぁお互い戦闘員じゃないにしてもサンジのほうが強いだろう。本気で喧嘩をしたことがないからなんとも言えないが、きっとそうだ。そうだろう?そんで、今もまだそうだ。なのに、なのにさぁ。

「おい、おいおいおいサンジくんよォ!」

がつん、と足元に展開した打揚筒を踏み付ける。おれの正面方向に発射されるように倒された筒が幾つも横に連なったそれは、さながら大砲のようだ。一つ一つの穴に繋がった導火線には油が染み込んでいて、端に火を付ければ瞬時に燃え広がり、怒涛の勢いで手製の尺玉が連射されて式場を鮮やか且つ無差別に燃やし尽くすという寸法である。どうだい、望まない結婚式をぶち壊す最高のブーケだろう、ヴィンスモーク・サンジ王子。

マッチを擦って、フィルターを噛み締めたデスライトの先端に火を点ける。それからすぐ手に届くようにしていた導火線の端っこに小さく燃えるマッチの先端をぐいっと押し付けて、三つ目の花嫁の横で目を見開いたサンジに向かって吠えた。

「何がナイトはいらねぇだよ!めッちゃくちゃ必要じゃねーか!このバカ王子がァッ!」

お前の幸せがそれだというのなら、百万歩譲って笑顔で背中を押してやれる。けれど、決して自分の心に嘘を吐くような、そんなことはしてくれるな。まだおれのことを欠片でも好いているのなら、こんな茶番は火薬に包んで木っ端微塵だ。

おれは男だろうが女だろうが動物だろうが、サンジの笑顔を曇らす奴には容赦しない。きっと格好良い騎士にもなれっこない。けれど、トチ狂った花火をぶち上げてしみったれた夜空をめちゃくちゃにするような男が、優しいお前には必要だろう。

さあ、何度もお前を笑顔にしてきた、おれの自慢の打ち上げ花火だ。目ン玉かっぽじらなくてもよく見えるほどに鮮やかに、全部全部台無しにしてやる。

ぎゃあぎゃあと人と動物の悲鳴や雄叫びが乱反射する。式を彩るウエディングケーキが、豪快に傾く音。じゅ、と導火線を焼いて、開戦の火蓋が切って落とされた。





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