短編
じゃらじゃらと絶えず鼓膜に突き刺さって来る轟音。毎回店を出る頃には耳が馬鹿になっているんだよな、なんて思いながら高速回転するリールを目で追って親指でボタンを押す。一番右、僅かに目押しが狙いとずれて歯噛みすると、咥えた加熱式タバコのフィルターが少し潰れた。

本日は非番である。気が向いた時に打ちに来る程度の趣味なうえ、最近では何だかんだ休日出勤が嵩んで本当に久し振りの息抜きだった。来ない間にちらほら新台も出ているようで、こんなところで普段ふとカレンダーを見て「えっ、もう八月!?」とか年々早くなる時の流れに打ち拉がれるような、そんな気持ちを味わう事になるなんてお兄さん思ってもみなかったよ。

少し憂鬱な気分になりながら深く煙を吐き出して、レバーを指で弾く。回りだすリールを眺めている視界の端っこ、横の台にすっと人影が現れたので、灰皿を寄せようと手を伸ばした。どす、とやけにでかい態度で腰を下ろした客を、半ば睨みつけるように見遣る。ばち、と視線をかち合わせてきたそいつは、予想だにしなかった見慣れた顔。

「うわびっ…おま、ガキがンなとこ入ってくんな!」

そのガキ、太刀川慶に吐き捨てて、加熱式タバコを遠ざけるように反対側に持ち変える。俺の仕草を半目で追って、慶は不機嫌そうに腕を組んでふんぞり返った。

「ガキじゃねえんだよな〜!俺もうハタチだし!昨日から!」

店内の騒音に負けないようわざとらしくそう声を張った慶は「昨日から」をやけに強調して、俺の手から無理やりタバコを毟り取る。がじ、とフィルターに噛み付いたガキ、いや、厳密に言うともうガキではないのか。

「え〜…お前もうそんな年になるか…」

「プレゼントは?」

「いや、俺まだ体感五月くらいなんだよなァ」

本日二度目の光陰矢の如し。そういやパチンコ屋は確か十八から入って良いことになっていて、煙草はハタチから。ジャーキーでも齧る犬でも眺めている気分になりながら、俺は慶に倣って姿勢を崩した。す、と深く息を吸った慶は、そのまま不貞腐れたように唇を尖らせて薄いニコチン混じりの息を吐き出す。

「オッサンはこれだから嫌だよな」

じ、と眠そうなジト目が俺を非難するように見詰める。明日は俺も出勤の予定だったのだが、どうやらそれまで待てずに探しに来たらしい。一応直属の上司であり血の繋がった兄でもある本部長に「緊急の呼び出しがパチンコ屋の音で聞こえないかもぉ」とナメた口をききつつ居場所を知らせてあったので、ここに俺がいるというのはそのあたりから聞いたのだろう。プレゼントのカツアゲに来るとはなんともいじらしい本日の主役。いや、残念ながら昨日の主役、である。ぐい、と俺に加熱式タバコを突っ返してきた慶が不満そうに口をへの字にしているのを見て、まだまだガキだな、なんて笑った。

「んじゃあ兄ちゃんがオトナにしてやろっか、慶」

「えっ、なに?」

悪いオトナの言い回しに、慶が目を丸くする。怪訝そうではあるけれど、どことなく期待感の見え隠れした視線にふと笑みを溢してしまいながら、灰皿の下に敷いていた虎の子を慶の前の台に食わせた。ぽかん、と口を開いた慶を横目にボタンを押し込んでやると、じゃらじゃら、と台の下に雪崩れてくるメダルの音。何が起こったのか呑み込めていない様子の慶に手本を見せるように、俺は回り続けていたリールを端から止めた。

「それは誕生祝いの小遣い、俺は今からお前に飯奢る分稼いでやっから」

オメデト。そう笑いながらふわふわの髪を撫で回してやる。はっと正気に戻った様子のそいつは、どす、と俺の脇腹にお返しのグーパンをくれた。

「このダメ大人!」

普通に渡せよ!と声を荒げた二十歳児は、不満気にしながらもコインを引っ掴んだ。まあまあ、二人でボロ勝ちしてうどんでも食いに行こうぜ。そんな軽口を叩きながら横の若者をチラ見すると、どことなく嬉しそうな雰囲気を醸していて、思わず笑ってしまった。





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