短編
※REDネタバレ注意


ぽん、と僕の手元に箱の形のチキンバスケットが落っこちてきた。映像伝電虫から流れてくる音楽が音符になって、その音符がウタの歌に合わせて色々なものに変わる。ライブ会場ではもっと色々、ぬいぐるみとかお菓子とかに姿を変えているみたいだ。久しぶりに見た大好きな肉料理に、思わず壁に映した映像に向かって大きな声で尋ねた。

「ウタ!これたべていいの!?」

「もちろん!食べるのも、遊ぶのも自由だよ!」

きっと向こうにもたくさんの人がいるだろうに、聞きのがすことなく答えてくれた笑顔のウタが、画面越しに手を振る。そうか、良いんだ。やりたくてもいつもはできない事、お母さんや先生に止められていること、ウタの作る新世界では、全部自由なんだ。ぺた、と冷たい壁を指でなぞる。本当はエレジアの会場に行きたかった。ウタに会って直接、いつも励まされているって伝えたかった。でも、それもお母さんが駄目って言うから、だから今日も映像伝電虫で我慢だ。

「でも、ウタの新時代なら」

そう、ウタの新時代なら。エレジアに行ってもいいんじゃないか?ウタはこのライブをずっとやるって言ってるし、ずっとやってくれるなら、僕がこれからエレジアに向かってもウタに会えない、みたいなことはないだろう。そうだ、絶対にそれがいい。

白い床から立ち上がって、チキンバスケットから一本フライドチキンを取り出して口に咥える。蓋を閉じて、その上に映像伝電虫を乗せた。足元に映し出されるエレジアの映像、そこから零れ聴こえるウタの歌声。その歌声に向かって、ひたり、と一歩進む。

がらり、と空き部屋の扉を開ける。いつもウタの配信を観るときに内緒で使っている部屋だ。廊下を見回しても誰もいない。チャンスだ。何故かいつもよりずっと身体が軽い。きっと、ウタの歌を聴いているから。新時代に憧れる人たちひとりひとりに向かって歌う、魂を震わすようなウタの歌声。

もぐ、と齧り付いたチキンが歯型の形に欠けている。大好物なのに、最近はめっきり夕食に出てこなくなった。久し振りに食べるチキンの脂身がじゅわ、と口の中に広がって、胸が、苦しい。

「…ん?」

名前を呼ばれた気がして振り返った。お母さんの声だ。けれど振り返っても誰もいなくて、首を傾げてしまった。何も言わないで行くのは流石に怒られるかな、と思いながら、ちくちく痛む胸のあたりの服を掴む。でも僕、早くウタのところに行きたいんだ。早くウタに会って、いつも元気をくれてありがとうって言いたい。病院の白い廊下を踏みしめた裸足が、ぱたぱたと音を立てた。お母さんには、後で連絡すればいいや。





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