短編
「太刀川、少し良いか」

作戦室に向かっているらしい太刀川に声を掛ける。振り返ったのは太刀川本人と、その少し前を歩いていた出水だ。片手に持ったバインダーを振り振り二人に近付くと、太刀川が出水に作戦室の方を指して言った。

「出水、先に行っててくれ」

「…悪いな、急いでた?すぐ済ますから」

「いや、大丈夫だ」

素直に踵を返した出水に俺からも「ごめんなあ」と声を掛けて、手早くバインダーを開く。視線を下げた俺の隣に、太刀川がすすっと寄ってきた。おっと、楽しそうにしている所残念だがこれは俺の研究の成果ではない。優秀なエンジニアの俺といえど、太刀川と同じく大学生との二足の草鞋であるからして。

「これ、先生から俺とお前にだって」

ほれ、と太刀川にプリントを渡せば、咄嗟にといった様子で受け取られた。一瞬眠そうな目を丸く見開いたそいつが、内容を読み進めるたびに徐々に露骨に嫌そうな顔を作っていく。同じ大学同じ学部の太刀川と俺への、教授からのプレゼントだ。

「…何だこれ」

「この前俺達がフケた授業の課題」

「フケたわけじゃないだろ」

むくれた様子の太刀川がするりと俺の腰に片腕を回した。まぁ太刀川の言う通りだ。授業中に招集がかかることは珍しくないし、ネイバーは俺達の単位を考慮してくれない。

「市民救ったって単位取れねぇんだもんなぁ〜」

よしよし、と太刀川の背中を擦る。教科書の授業範囲のページを読んでレポート提出。大学側もボーダーの活動に理解はあり協力的だけれど、同じボーダー所属の俺がそこそこ良い成績を取っているので、残念ながら俺の方が基準になってしまっているようだ。戦闘に関してだとこれ以上ないほど頼りになる男なのにペンを握らせたらどうしてこうさぁ。やれやれと笑ってバインダーを閉じると、太刀川が俺の顔を覗き込んできた。

「ま、俺には先生がついてるからな」

「俺もう終わってんだけどな?」

そう断っても太刀川の薄ら笑いが引っ込むことはなく、寧ろぐい、と腰に回された腕に力が込められる。なるほど逃がしてくれる気はないらしい。有名人だったから一方的に知っていた太刀川の様子からは想像もつかなかったパーソナルスペースの狭さではあるが、もしかして攻撃手って皆こうなのかな。





- ナノ -