短編
※花吐き病、ポメガバース、オメガバース、うさぎバース、DomSubユニバース、淫紋、ペイントバース


本当に好きなのか。そう訊いてきた男の声が涙に濡れていた。俺の肩に頭だけ乗せて立ち尽くしている萩原の背中を、宥めるように擦る。

「俺、萩原のこと好きだよ、伝わってなかったか」

「うん…」と躊躇いもなく答える彼に思わず笑ってしまう。なんでまた。俺は萩原に好きだと言った筈だし、萩原だって俺に好きだと答えた筈だ。まぁ銀色の百合については俺も半信半疑だったけれど、コマンドで俺の思い人を吐かせた萩原の方は疑いようがないと思っていたのに。

「ここ噛んだから、責任取ろうとしてたんじゃないの?」

見えはしないけれど少し首を傾げた萩原が薄く笑った。項のことを言っているのは分かる。無理矢理番にした責任を取ろうとして好きだと嘘を吐いたと、そう言いたいのだ。馬鹿め、自分が何をしたのか分かっていないのか。

「…お前には分からないだろうけど、あれ、嘘つけないんだよ」

萩原に"言って"と促された瞬間の、脳が揺れる感覚。そのコマンドを叶えなければならないと、思考回路が一色に塗り潰される。加えて萩原は俺のオメガだ。

唯一の相手の願いを叶えることは、例えば求愛行動で餌を貢ぐ鳥のように自然な行為。恐らく単一のダイナミクスのパートナーより、バース性の番よりも強固な繋がりだ。簡単に俺をいいように出来てしまうのだから、その辺自覚して貰いたいもんだ。ううんと思案して、それから萩原の垂れ目を見上げた。

「萩原にはこれがあるもんな…俺、首輪とかつける…?」

その証である歯型に手を伸ばして滑らかな項に触れる。萩原がぴくりと片眉を上げて、それからふっと口角を上げた。

「マジで言ってる?」

「マジで言ってる」

信じて貰えないのなら、信じて貰えるよう努力するまで。首輪やチョーカーはダイナミクス性のパートナーの間では既に一般的なアイテムになっている。こんなに触っても色が移らないということは萩原は諸伏のようなペインターでは無いのだろうし、一目で分かると言ったらそれくらいしかなさそうだ。真面目に考えている俺に目を丸くした萩原は、おずおずと俺の顔を覗き込みながら言った。

「じゃあ…一個だけ我儘言ってもいい?」

「うん」と躊躇いも無く返すと、それにも驚かれる。どうせ拒否しないのだからいつ了承しようと同じ事だ。

「明日、誰かにおめでとうって言われたら、ありがとうってだけ返して」

そう熱っぽい瞳で言った萩原の真意はさっぱり分からない。けれど悪いようにはされないだろうと、俺は取り敢えず一つ頷いた。





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