短編
「この前廊下で太刀川さんとキスしてたって本当ですか?」

突然そんな爆弾発言をされて、思わず手の中から炭酸飲料の入ったペットボトルが吹っ飛びかけた。おぉ流石に出水のメテオラは威力が強いなぁワッハッハなんて冗談を言ってやろうかと思ったが、まろびでたのは想定よりも真剣な声だった。

「なにそれ」

駄目だちょっと取り返しのつかないガチ声出ちゃった。ヤバ、と思いながらなんとかキャッチした炭酸飲料を空になるまで煽ると、驚いて目を丸くしていた出水が気まずそうに視線を逸らした。違うってば何その反応。

「いや…見たって言う奴がいたんすよ」

そう言われて思わず首を傾げてしまった。一体その人は本人ですら心当たりのない何を見たというのか。うーん、と頭を悩ませながらソファに腰を下ろそうとして、俺の尻の目的地に適当に放られていた唯我の上着を横に移動させる。この前俺が片付けたばっかの隊室の綺麗さを保とうという気持ちは微塵もないようだ。ぽすん、と座ってからテーブルの上に手を伸ばして、自分で持ってきたくせに俺が一番食ってる煎餅を更に一袋開けた。

「マジで知らないっつうか…する訳ないじゃん…」

はぁ、と溜め息を吐きながら手の中のサラダ煎餅を割った。「だよなぁ」と肩を竦めた出水にうんうんと頷くと、俺の顔の横をきなこ餅の乗った皿が通った。零さないようにそっと受け取ってテーブルに置いてやると、その腕がヘッドロックを掛けるように俺の首に巻き付く。

「さてはお前が運んでくれたっていう時だな?俺が好きなら素直に言えよ」

「 あ〜、あの時…いやだからしてねぇって」

俺の返答に太刀川の声が愉快そうに弾む。なるほど、俺が諏訪さんに呼び出されて酔っ払いをこの隊室まで運んだときの事だろう。夜遅かったのに誰かに見られていたのかと考えながら顎に指を這わせる。

酷く酔っていたこいつに首にがっしりとしがみつかれてしまったので横向きに持ち上げたが、後々考えるとあれお姫様抱っこだったよな、なんて虚空を見つめてしまう。確かに諏訪さんや東さんや冬島さんがぎょっとしていたのも頷ける珍プレーだった。

「俺覚えてないし」

そっと腕を緩めた太刀川が、ソファを回り込んで俺の隣に腰を下ろす。じ、とジト目で真っ直ぐ見つめてくる太刀川に、ふとその夜の事を思い返した。あぁ、そういえば、とその頬に手を伸ばす。太刀川の顎に添えた親指でぞり、と髭をなぞれば、太刀川の目が少しだけ見開かれた。何で髭伸ばしてんだろう、お洒落のつもりだろうか。腰を浮かせて顔を近付けると、ぐっとその目尻に力が入る。何で逃げないんだろう。そのまま更に距離を詰めて、こつん、と額をくっつけて、すぐに離れた。

「…うん、これならした」

「そりゃ…確かにそう見えるけど…!」

少し感じた気まずさを誤魔化すように口に放り込んだ煎餅の欠片を咀嚼していると、震える声で出水が言った。咄嗟に普段の取ってつけたような敬語が出ない辺り相当動揺したらしい。もはや頭を抱えている出水を一瞥してから太刀川にちらりと目を向ける。視線が合う前に机の上のきなこ餅に向き直った太刀川の耳が赤くて、俺もソファに真っ直ぐ座り直してそいつの言葉を拝借した。

「…俺が好きなら素直に言えよ」





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