短編
※童話パロ
1RTでもされたらBLに興味のあるキバナ夢の童話風SSを書かせていただきます!
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「キバナ姫がしんだ!」

ぴえん、と可愛らしい声で泣く、ツインテールの少女の小人。その横、細かな意匠が施されたガラスのケースの中にドレスを着た女性が横たわっている。がさ、と茂みから出た俺は、丁度そんな場面に出くわす。七対の目線がじろっと俺に集まって、俺は思わず上体を引いた。

「うわっ、葬式…?」

ごめんなさいお邪魔しました。そう言って踵を返した俺はその瞬間盛大に後ろにすっ転んだ。何かと思ってひっくり返ったまま自分のマントの先を見れば、14本の腕が俺のマントを引っつかんでいる。いや軽くホラーなんですけど。

「な、なに怖い…!あっお香典!?お香典ですか!?」

一瞬でも参列したんだから香典寄越せや、という話かと思って、荷物を預かっているギャロップを一瞥する。カツアゲと変わんねぇなこれ。森で狩りをしに来たとはいえ一応最低限の準備、ということで多少なりともお金は持っている。不思議そうな顔をして近付いてきたギャロップの背中の鞄に手を伸ばそうとしたが、転んだままじゃ届かなかった。

隣国と面したこの森は、俺がよく趣味の狩りに出掛ける場所である。俺はと言えば一応王子なんてものをしていて、第三王子として自由気ままに暮らしている。ちゃんと勉強もして、その息抜きにここに足を運んだのだが、一体何が起こったというのか。

すっと俺の頭の上に影がさす。真上から俺を覗き込むのは、黒髪に青いメッシュの入った女性の小人と、目と口を丸くくり抜いたお面の小人だった。

「……………」

「えっ怖いせめてなんか喋って」

「キバナ姫が死んじゃったの」

「あっはいこの度はご愁傷さまです」

香典の催促である。そう理解した俺は、ぱちりと首元のマントの留め金を外して起き上がった。背中の荷物を取りやすいように首を下げたギャロップのたてがみを撫で付けて、鞄を肩に掛ける。とりあえず香典渡してさっさと帰ろう。そう思って鞄を開けると、くい、と服の裾を引っ張られた。取り立てかと思って振り返ると、白い服を着た金髪の女性の小人がキラキラした目で俺を見上げていた。

「きっと王子様のキスで目が覚めるね!このタイミングで来たってことはそういうことだろう!?」

「ごめんなんて?」

きゃー、と固まってはしゃぐ女小人三人に遠い目になってしまった。ちら、と周りを見るとテーブルに皿が並んでいたりコップが置きっぱなしになっていたりと、食事の形跡がある。今は夕方、晩飯にも早い。つまり最低昼から葬式をしてることになる。タイミング?何を言うか。

「まあまあ、こっちじゃ王子様」

茶髪の温和そうな小人が俺の手を引く。てかなんで王子王子って俺は身バレしてんだ。とはいえそんな事を聞ける雰囲気ではなく、グイグイと優しいけど圧倒的な力で引っ張られて、ガラスの棺の前につれて来られた。スラッとした身体に、森の中に不釣り合いなきらびやかなドレスが見える。唐突に「アッこれマジのお姫様だ」と実感が湧いて、少し心拍数が上がった気がした。

「い、いやぁ…そんな、亡くなってるとはいえ本人の同意なしに、キス、なんて…」

あはは、と満更でもなさそうに笑ってしまって少し落ち込んでしまった。シンプルに浮かれポンチだ。いやこれでも一応大切に育てられた王子なんでもちろんファーストキスだし、相手だってお姫様ならファーストキスなのでは?と尻込みしてしまう。亡くなった人の純潔を踏み躙るなんて、いけないことだろう。っていうか普通はキスで死人が生き返ったりしない。しゅん、と肩を落とした俺の肩をぽん、と叩いたのは壮年の真面目そうな小人だった。

「大丈夫、キバナくんは気にしないよ」

「キバナ…くん?」

小人の言葉に少し違和感を覚えつつ、そっと棺の前に座らされる。随分肩幅のあるお姫様だな、と顔を見遣ると、すっと通った鼻筋、影を落とすほど長い睫毛、血の気のない薄い唇、そして、がっちりとした骨格。その整った顔立ちに感嘆する間もなく、俺は棺の中のお姫様を指差して小人たちに言った。

「男じゃん」

男だった。肩幅のあるお姫様ではなかった。男というか漢と言っても差し支えないほど男だった。なんていうかめちゃめちゃ男だった。美人じゃなくてイケメンだった。

「お姫様じゃなくて雄姫様じゃん」

このニュアンスの違いが通じるだろうか。振り返って一番近いところにいた、くるっとうねったクリーム色の髪の小人にそう訴える。真顔を貫いていた彼は「は?」と急に表情を険しくして、げし、と俺の背中を足蹴にした。

「細かいことはいいんですよ!さっさと腹くくってください!」

「なぜ俺が怒られる?」

数人の小人が、がこん、と棺の蓋を退かす。肌荒れのはの字も見当たらない、滑らかな頬。本当に綺麗な顔だ、そう一瞬言葉を失うと、その丸く膨らんだ瞼がぱっと開いた。

「よっ!手間かけさせて悪いな」

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」

剰え突然言葉を発したものだから、俺はネコブの実に驚くニャルマーのように後ろに吹っ飛んだ。よもや生きてきて棺の中からこれほどフランクに話し掛けられることがあるかと、心臓がばくばくと早鐘を打っている。そんな俺の醜態を見てか、お姫様が真上を向いたまま笑い声を上げた。

「ひんし状態だから喋れるっちゃ喋れるんだよな、身体一切動かねぇけど」

「アンタさては人間じゃねぇな!!」

「見ての通りのか弱いお姫様だよ」

どく状態で歩き回ったらこのザマだ、とへらっと笑ったお姫様。人間がどく状態で動き回るな。っていうか男なんだからもはや王子様なんじゃないかというのはもうどうせ誰にも拾ってもらえないのでさておき、俺は一つ咳払いをしてお姫様に尋ねた。

「ほんとにキスで治ります?」

「治る治る、ひと思いにやっちまいな」

「しますよ?」

「いーよ?」

じりじり、とガラスの棺に近付く。小人たちの期待の篭った(主に女性陣からの)視線を一身に受けつつ、俺は棺の横に膝をついた。長い睫毛が花に停まった蝶々のようにゆっくりと瞬きをする。一瞬、一瞬唇を重ねるだけ。それだけ。滑らかな小麦色の頬に手を添えて顔を固定する。冷たいし、ぺらぺらと淀み無く喋る唇の色も悪い。じ、と艶のある唇を見つめると、不意にそこがふっと緩んだ。

「いいって、しなよ」

ほら、と目が閉じられる。そうすると、血色の悪さから本当に死んでいるように見える。本当にキスなんかで毒が治るのか、そんな疑問を拭いきれずちらっと横を向くと、壮年の小人がにこにこと肯定するように頷いた。まあそこまで言うなら治るんだろう。ぐっとお姫様の顔に向かって身を乗り出して、鼻が当たらないように少し顔を傾ける。鼓動が、いつもより早くて、胸が痛いくらいだ。ふに、と唇同士が微かに触れた瞬間、がっと後頭部が押さえつけられる。

「ん゛ーーーーっ!!!?!?!」

堪らずかっと目を見開くと、すぐ近くで微かに開いた青い目が愉快そうに細められている。やっと理解出来てきた。押さえつけられるのはお姫様、いや雄姫様の腕で、俺は食虫植物に捕まってしまった虫のように絡めとられている。慌てて離れようとするが力が強く身動きが取れない、どころか、べろりと唇を舐められてぞくぞくと身体が震えた。

俺が唇を開かないと分かると、打って変わって優しく食んだり、つんつんと舌の先で俺の唇をノックしてきたり、隙間を探すように全体を舌で探ってきたりする。なんて芸達者なお姫様だろうか。意地でも口開くもんか絶対にどえらいキスされる。危機感が全身を苛んで、俺は全力でお姫様の肩を押してなんとか彼を引き剥がすことに成功した。

「っぷは!こ、こら!何すんだ!」

ぜえぜえと肩で息をする俺に、お姫様がむっと頬をふくらませる。顔立ちからしてちょっとは可愛く見えてもいいはずなんだが、さっきの腕力のせいで全く可愛く見えない。それでもがばっと上体を起こしたのを見ると、キスは確かに毒消し効果があったらしい。お姫様が不機嫌そうにぐっと拳を握って、それから微かに頬を赤らめて声を荒げた。

「もっと深いのしろよ!二人で帰路について攻めが受けにちょっとエッチないたずらを何回か仕掛けつつ家に帰った瞬間我慢できずにどちらからともなく玄関で獣のようにぶちかますみたいな深いキスしろよ荒れ狂えよ!」

「やけに具体的なBLシチュエーションをやめろ!子供が聞いてるでしょうが!あと荒れ狂えって何!?」

「子供じゃなくて小人な!」

「兼ね備えてるのが何人かいるから!」

ほらあっち!とツインテールの小人、仮面の小人、天然パーマの小人を振り返ると、うち二人はさっと視線を逸した。ツインテールの小人はまっすぐにこちらを見て、そっと親指を立てる。

「うちらのことは気にせんで」

「青少年を健全に育成したいんだ俺は…」

仮にも王子である。というか棺の中の色ボケ雄姫様も恐らく一国の姫様だろうに。そんな俺の言葉なんて馬耳東風、お姫様は棺の中で膝を立てて座って、どこからともなくスプレーを取り出して口の中に噴射した。

「えっ今どくけし使った?」

「なんでもなおしだけど」

びっくりして思わず人を指差してしまった。ブレスケアみたいな使い方すんなっていうかあるなら最初から使え、なんて思いつつべろべろになった口の周りを拭っていると、お姫様がガラスの棺の縁に頬杖をついてこちらを見た。心なしか顔色もいい。というかやはり顔が良かった。

「まあいいや、なあ王子様、おれさま行くところがなくて…」

「そこに家あるじゃん」

小人の家を指差す。扉の大きさからして彼の家ではないんだろうけど、彼らと一緒にいるということは同居していたんだろう。

「そろそろ屋根低くて腰痛めそう」

「へえ、そうなん」

適当の極みみたいな返事をした俺に、お姫様が半眼で睨みつけてくる。それからぐっと俺に顔を近づけて来て、片手を俺の頬に添える。近付いたとはいえこの距離で急に何かされることはないだろう。それから憂いた表情で、はあ、とこれみよがしに悩ましい溜め息をついた。

「あーあ、これでもおれさまちょ由緒正しいナックル城のお姫様なんだけどな…」

「じゃあ城あるじゃん」

「こないだちょっと事件あって今修繕中なんだよな、たまには休めってリョウタに追い出されちまってさ」

リョウタ誰やねん。そう口にしかけたところ、お姫様がのそり、と膝立ちになる。座った俺の頭の上からお姫様が見下ろしてくる。夕日が逆光になって表情が見えない。青い目だけが爛々として俺を射竦めて、くあ、と大きく開いた口が笑みの形を作った。鋭い犬歯が、鈍く輝いて、その大きな両手が片方ずつ俺の肩をぐっと握り締めた。

「誰か、心の、優しい、王子様が、いねぇか、なぁ?」

今までより格段に低い声が、一文節ずつ言い聞かせるように音になる。それから不穏な音がするほど両肩に力を込められて、俺は自分の両肩の骨が砕ける気配を感じた。ひ、と引き攣った声を漏らした俺に、更なる追い打ちが掛けられる。

「てか一国の姫の唇奪っといて「はいさよなら」はねぇよな?まさか責任取って娶るくらいの甲斐性はあるよな?」

なぁ、と念を押すように繰り返される。今までなんだかんだ温厚そうに緩く垂れていた目が、俺を射殺さんばかりにつり上がっている。唇を奪ったというかむしろこちらが奪われたくらいの気持ちなんだが、もちろんそんな反論をしたら俺の両腕はギャロップの手綱を持って帰ることが出来なくなってしまう。ぷらんと下がった自分の両腕を想像して、多分今度は俺の顔色のほうが死人っぽいだろう。キスしてどくが移っちまったんじゃねえのか。

「き、ばな姫、あの…ぜひ我が妃に…」

気の立った野生のポケモンと対峙した時のようなどうしようもなさに、俺は半ば諦めてそう口走る。ギラギラと鋭い眼光を湛えていたお姫様の目が瞬きと共に丸く見開かれて、それから見る影もなくふにゃんと目尻が下がった。

「おれさまの名前知ってたの?」

「や、さっき小人さ」

「うれしい…!よろしくな、王子様!」

ナックル城で人の話は最後まで聞く旨の教育はされていないらしい。どっ、とものすごい勢いで頭を抱き込まれて、硬い胸筋に側頭部を打ち付けた。はいもうこいつお姫様じゃないですこれは紛れもなく胸筋若しくは鉄板です。世界の真理に気付いてしまったニャースのような表情をした俺は蚊帳の外。小人たちの温かい拍手とお祝いの言葉を一身に受けるお姫様は俺からぱっと離れて、居住まいを正して花が咲くように笑った。

「よし!そうと決まれば善は急げだな!」

何を急ぐというのか。まさか俺の城に帰ることだろうか。それともこの不本意な結婚だろうか。俺は「もうどうにでもなーれ」と杖を振り回すニャスパーを頭に浮かべて、はは、と遠い目をして笑ってしまった。ゆっくり立ち上がった俺とは裏腹に、お姫様は嬉しそうな笑顔全開ですくっ、と立ち上がる。俺の身長を優に超えていったお姫様の顔を見上げて、俺は力の限り腹から声を出した。

「いや俺の嫁でけぇな!!!!」





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