短編
※花吐き病、ポメガバース、オメガバース、うさぎバース


「いィや待てぇい!」

両手にこんもりと自分のヨダレまみれの花弁を持ったままそう叫ぶ。掌がベチャベチャなのでもう本当に気分がガン萎えというかもう本当に勘弁してくれ。急いでゴミ箱にザッとそいつらを捨てて台所で手を洗った。最悪の目覚めだ。そう思いながら綺麗になった両手でわっと顔を覆う。

「マジでどういうこと!?」

これ俺知ってる。花吐き病でしょ。片思いしてると口から花弁が出てくるやつ。両思いになったら銀の百合吐いて完治するやつ。なにそれ実在したの?ぐるぐるそんなことを考えていると、ふくらはぎにまふ、とふわふわしたものが激突してきた。「わ」と声を上げて振り返ると、真っ黒い子犬、多分ポメラニアンがしょぼんと耳を垂れさせている。

「え、いぬ…?なん…も、しかして、萩原…?」

「きゃん!」

途端に尻尾をぶん、と振り回す毛玉。嘘だろ。昨日二人で宅飲みして非番だからそのまま泊まった、交番実習が一緒だった同期。そこから親交が深まって、って、今はそんなことより。これ俺知ってる。ポメガバースでしょ。ストレスがたまるとポメになって甘やかされると戻るやつ。なにそれ実在したの?

「こんなのおかしいよ!」

咄嗟に黒いポメを抱き上げて全身をわしわしと撫で回す。ふわっふわで撫でてるこっちのストレスが霧散して行きそうだが、このポメが憎からず思っている萩原だと思うと喉の奥が苦しくなった。花弁はお帰り下さい。

ぽすん、と小さな爆発音がして、腕の中の毛玉の質量が増す。気が付いたら俺は全裸の萩原と抱き合っていた。

「戻った…」

「何ほんと…」

キャパオーバーで気絶しそうだ。興味深そうに自分の手を眺めていた萩原が「あ」と思い付いたように上げた声にビックゥと過剰反応してしまった。この状況では仕方がない。

「あのさ、落ち込んでるところ悪ぃんだけど」

「なにこわい」

「これ、責任取ってね」

ウインクした萩原が上げた襟足の髪、その下からがっつりと噛み付いた歯型が見えた。これ俺知ってる。オメガバースでしょ。そっと頭を抱えた俺の指先に触れたのは髪の毛だけでなく獣の、恐らくうさぎの耳だった。これ俺知ってる。うさぎバースでしょ。





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