誰も知らない

「みょうじさん!」

"私"は死んだ。

「みょうじさーん?」

最後に、私を残して。

「みょうじさん!」
「…………ああ、発目さん」
「どうしたんですか!?ボーッとして」
「ちょっと考え事をしててね」
「どうですか!私のドッ可愛いニューベイビーちゃんは!!」

目の前で笑って、発明品を差し出す彼女は、同じクラスの発目明さん。"私"の友人らしい。よく工場で二人きりで残って、作業をしているようだ。好きなものはチョコレートとスチームパンク。作った機械は数知れず。明け透けな彼女を、"私"は可愛がっていたらしい。

「それ設計図ですか!?」
「ああ。そうなんだ。次は、これを作ろうと思っていて。塗装はどうしようかと悩んでいたんだ」
「塗装に着目するなんて珍しいですね」
「…時代はデザイン重視だよ、発目さん」

確かに私も、このテンションは嫌いじゃない。

「あ、みょうじさん」
「……心操くん」
「えっと、どう?調子とか」
「まあ、悪くはないよ」

自販機の前で何を買おうか迷っていたら、声をかけてきたこの人は、普通科の心操人使くん。体育祭のときに「洗脳」という珍しい個性のデータを取らせてもらったことから、仲良くなったようだ。たまに作った機械を試してもらっている。たどたどしく言葉を選ぶ彼に、"私"は癒されていたらしい。

「そうだ。また今度、新しいのを作る予定なんだ。出来上がったらまた、試してくれないか」
「うん、いいよ。みょうじさんのかっこいいし、性能いいよね」
「君の個性には及ばない」
「……茶化さないでくれる?……あれ。みょうじさんがブラックなんて珍しいね」
「……最近、糖分を控えてるんだ」

確かに私も、彼は可愛いと思う。

「げっ」
「……いきなり失礼じゃないか?轟くん」
「そりゃあ、いつも会うなりデータを録らせろだの、サンプルをよこせだの言われたらこうなるだろ」
「いやあ、君は意外と不躾だよ」

気分転換に図書室に行くと、偶然出入りが重なってしまったこの人は、ヒーロー科の轟焦凍くん。左右で個性が違う上に、炎と氷という性質。ぜひ威力などを把握しておきたいと、しつこく迫っていたら、どうやら嫌われてしまったらしい。好きなものはざるそばで、断られたときは、食堂のざるそばを奢ることで協力してもらっていたそうだ。なんだかんだ言って最後には協力してくれる彼で遊ぶのが、"私"は好きだったらしい。

「お前も本を読むんだな」
「ほら、そういうところが不躾なんだ」
「だってお前、映像の方が頭に入るって言ってただろ」
「………文章に慣れといた方がいいかと思ってね。そうだ、よければ轟くんのオススメなんか紹介してくれたら嬉しいんだが」
「あれとかいいんじゃないか?」
「………絵本とか、喧嘩売ってるのかな?」
「さあな」

彼も"私"で遊ぶのが好きらしい。

「やあ、みょうじさん。よかったら持とうか」
「ありがとう、物間くん。次はどんなのがほしいんだ?」

機材を運んでいると声をかけてきたのは、ヒーロー科の物間寧人くん。彼はよくこうやって手伝いをしてくれるが、それは、恩を着せて私に機械をもらおうとしているに過ぎない。本人は「そんなことないよ」と首を振るが、そんな見え見えなところがおもしろいと、"私"は思っているらしい。

「…今日は一段と重いね。みょうじさん細いのに…」
「君の歪んだ顔が見たくて」
「珍しいね、君がそんなことを言うなんて」
「……重いなら無理をするな」
「舐めないでよ。これくらい余裕だって」

なるほど、これはおもしろいな。

「みょうじさんだ」
「緑谷くん。帰りか?一緒に駅まで行こう」
「め、珍しいね、みょうじさんがそんなこと言うなんて。あ、嫌な意味じゃなくてね!嬉しいなーって」

昇降口で丁度出会った緑谷くんと駅に向かう。今日一日は何だか疲れた。"私"も、消えるならもっと交遊関係についてデータを残しておいてほしい。そして"私"についても。今日、何回「珍しい」と言われただろうか。私は"私"に擬態することができただろうか。

私の"個性"は分裂だ。分裂は分身ではない。一度分かれれば、オリジナルは消える。死に際に"彼女"は、分裂して新しい"私"を作り、一人静かに消えていった。その行為が、今日出会った彼らを悲しませたくないのか、それともまだ完成途中だった作品たちを未完成のままで終わらせたくなかったのか。私は"私"なのにその気持ちはわからない。

「でね、飯田くんがー」

だからその、"私"が緑谷出久の笑う顔を見て、年頃の少女のように胸が高鳴る様も、

「…みょうじさん?」

わからないんだ。

「いや、何でもないよ。ヒーロー科は楽しそうだな」