被害者一名、Kくん

帰りたいんだけど、帰っていいか?

「というわけで、切島くん。協力して」
「何がどういうわけなのか、説明してくれよ」

昼休みの食堂で、うどんをずるずる啜りながらみょうじがそう言ってきた。みょうじはB組だけど、体育祭を境にして仲良くなった鉄哲を伝って、みょうじとも仲良くなった。仲いいなあこいつら、と思っていたけど、まさかみょうじと鉄哲が付き合っていたとは………。俺も好きになりかけてたけど、早めに知れてよかったぜ。

「鉄哲が!私に!全然!靡いてくれない!!」
「声大きいって、みょうじ!」

ダァンと机を叩いて、悔しがる。靡いてくれないって…………そうかあ?あいつ、……そうかあ?今だって、みょうじの席の後ろで聞き耳立ててんじゃねーか。爆豪に喧嘩売ってた物間ってやつが笑いこらえながらよ。

「何で俺に相談すんだよ…」
「だぁって!全部試したもん!自分で思い付く限りのことは!!」
「例えば?」
「色仕掛けとか」

みょうじの後ろで、ぶはっとお茶を噴く音が聞こえた。物間じゃなくてB組の女子…えっと、鉄哲にトーナメント戦譲ってたやつ。

「こうやってね、第二ボタンまで開けて…」
「やらなくていい!!」

俺が鉄哲に殺されんじゃねえか。違う意味でも死ぬし。好きになりかけてたと言ったけど、最近までマジで好きだったからな。ただ思い出したくなかったからそう言っただけだからな。中学のときからとか嘘だろ。畜生!

「あと、やたらとボディタッチしたり」
「……ああ。最近ベタベタしてたのそれか」
「んでね、お願い切島!私のこと好きなふりして、鉄哲にちょっかいかけてよ!」
「ハア!?」

鉄哲が思いきり頭を机に打ち付けた。いやいやいや、俺も聞き捨てならねえって。なんだよそれ!拷問かよ!この女とんでもねえな!いや、待て。ここは男らしく、好きになった女の頼みは聞くべき……いや、やっぱり無理だ。殺す気か。誰がそんな役するか。第一、話を現在進行形でみょうじの真後ろで、ターゲットの彼氏が聞いてるってのに、やっても意味ねえだろ。

お願い!と頼むのを止めないみょうじに困っていると、上鳴が席に近づいてくるのを見た。よし!助けてくれ!かみな………りは、笑いながら鉄哲たちの隣に着き、物間と何か話していた。そして、B組の女子を入れた三人で俺を見て笑う。畜生!お前らなんか嫌いだ。

「何で急にそんなこと…」
「だって付き合って2年が経つんだよ!?何もしてこないなんておかしいでしょ!マンネリでしょ!」
「そういうことは当人で話し合ってくれよ…」

何で俺が二人を取り持ってやんなきゃなんねえんだよ………。つーか、鉄哲も黙って聞いてねえで話に入ってきてくれよ。みんなして俺に冷たすぎやしないか。

「………お願い、切島ぁ。こんなの聞いてくれるの、切島しかいないよ………」
「みょうじ…………」

不覚にもきゅんとした。くっ、惚れた弱味を突かれるの、すげえ痛い。

「しっ、仕方ねえな…!」

上鳴たちが死ぬほど笑ってるが、もう俺はいい。みょうじにとって都合のいい奴であろうが、もうなんでもいい。男なんだから、好きな女の幸せを願うことくらい………

「ありがとう!切島!だいす、「おーい、なまえ」

大好き、という言葉をかきけすように、B組の女子がみょうじに声をかけた。え、いや、お前ら今まで傍観してたじゃねーか。なんで今更。

「拳藤ちゃん。上鳴くんと、物間くんって珍しいね」
「何言ってんだよ。お前の彼氏もいんじゃねーか」

によによと嫌な笑いを俺に向けながら、いけしゃあしゃあとみょうじに言う。みょうじ、体を捻らせて、真後ろを見た。鉄哲が顔だけを向けて、真っ赤な顔で「よう」と挨拶をする。こいつら…。

「ええ!?何で!?いつから!?」
「最初からだよ」
「えっ、ええーー!?切島気づいてた!?」
「…………………まあ」
「何で言ってくれないのー!?ばかー!」
「あ、待てなまえ!」

空になったお椀とお盆を持って、走り去るようにその場を去ったみょうじを、鉄哲が追いかけた。その際に、バカと言われて凹む俺に、小さく「悪いな」と言って立ち去ったのが無性に腹が立つ。割と何でもさらっと受け流せるタイプなんだけどな…。めっちゃいらっとした。俺を巻き込むなよ………。

上鳴たちがにやにやしながら、俺を取り囲んだ。

「ざーんねんだったなぁ、切島」
「遮って悪かったな!」
「まあ。彼氏持ちだし、無駄に夢見させるのも悪いかなって言う、拳藤なりの配慮だからさ。大目に見てやってよ」
「お、お前ら全員嫌いだ…!!」