今だって時々思い出す。俺の斜め前の席に座っていて、デクと仲のいい女。その女の髪が、風に靡いて、柄にもなく綺麗だと思ったこと。
「久しぶりだね、爆豪くん」
「みょうじ…」
いつも通りヒーロー活動に勤しんで、その帰宅途中、高校のときのクラスメイトに出会った。普段だったら名前なんて覚えてねえし、出会って話もしねえが、こいつだけは別だった。周りの奴等とつるむのは面倒だったが、こいつだけは俺の中で色づいていた。本当に柄じゃない。俺なのに俺じゃないみたいだが、多分、本気で好きだった。
「お前今何してんだ」
「個性を生かしてお花の仕事。あ、これ名刺。彼女さんにプレゼントしたくなったらいつでも来てね」
「そんなもんいねーし、居ても花なんか贈んねえよ」
だよねー、爆豪くんだもんねー!とみょうじが笑う。高校のときと全然変わってなくて、何だかホッとした。こいつと居ると調子が狂うが、それは別に嫌なことじゃない。むしろずっと近くに居て、調子をずっと狂わせてほしい。
みょうじは途中でヒーロー科から普通科に変わった。原因は敵と戦ったときに、右腕を切断されたからだ。クラスメイトを庇ってそうなった。絶対痛かったはずなのに、へらへら笑って「やられちゃった」ってバカじゃねえの。その笑顔に腹が立って、ぶちギレて敵はボッコボコにしてやった。さすがに切断された腕は戻らなくて、不自由な体でヒーロー科の特殊授業にはついていけないだろうと話し合い、こいつは普通科に編入となった。
「すごいよねー!あの爆豪くんが轟くんと並んで、ファンクラブまであるくらいの人気っぷりなんだもん!昨日のバラエティー録っちゃったよ!」
「あんなもんくだらねえだろうが。観んな」
「爆豪くんめっちゃいじられてたもんね」
「くそ、事務所がメディアに出ろってうっせーから…」
「A組思い出しちゃったよ」
寂しくぽつりと呟くから、俺も急に寂しくなった。俺だってみょうじがA組としてずっと居てほしかったっつの。こんなこと絶対ぇ言わねえけど。
「…あ、そうだ。爆豪くんサインちょうだい!仕事場の友達に自慢するから!」
ね!と鞄から手帳を取り出す。サインなんて普段言われてもかったるいからしねえし、そんなもん持ってねえ。それに、こいつにそんなことをするのが一番嫌だった。一般人とヒーローという線引きなんてしたくなかったからだ。くそ、女々しい。女々しいけどやりたくねえ。
「ね、いいでしょ?お願い爆豪くん。私、A組のみんなと会うたびに書いてもらってるの。みんな渋るんだけどね。でも、なかなか会えないから。こうしてみんなと一緒にいる気になるんだあ」
「……俺にこんなところに書かせる気かよ」
「手持ちがこれしかないから仕方ないじゃん」
「送ってやるから連絡先教えろよ」
我ながらいい理由だと思った。久しぶりに会えたんだから、こんな機会易々手放せねえ。みょうじが名刺に、住所を書いていく。左手しか使えねえから、名刺は俺が支えてやった。みょうじはありがとうと笑ったけど、内心複雑だった。もしみょうじに右腕があって、卒業後ヒーローになっていたら、俺の相棒にしてやったのに。男女の相棒はスキャンダルも多いが、こいつとならそんな噂立てられたっていいし、こいつが批判されたら俺が守ってやる。
そんな、未来があったら良かったのにな。
「逆に爆豪くんの連絡先教えてほしいなあ。招待状送りたいし」
「招待状?」
「うん、」
結婚式の。
パサリと名刺が落ちた。みょうじが何してんのとけらけら笑って、拾いながら話をする。頭がショートして、ほとんど何も聞こえなかった。「毎日花を買ってくれる人でね」俺の斜め前の席に座っていて、「一般職の人なんだけど」デクと仲のいい女の「3年付き合って」髪が風に靡くのが「来月結婚するんだ」柄にもなく綺麗だと思えた8年前。
8年、そりゃあ結婚もするか。いいやつだし、可愛いもんなみょうじは。言わねえけど。
「そうか。」
今すぐ8年前に戻れるなら、あの敵をすぐにぶっ殺して、今のこいつの人生を変えてやるのに。