Heralist


俺の幼馴染である鷹生小唄(たかおこうた)は、いつも俺の隣で笑っている。
人よりも体の弱い彼女はすぐに疲れてしまうから、いつだって俺がそばにいて、いつでも彼女を支えているのだ。「みーくん、ありがとう」そう言って少し申し訳なさそうに笑う彼女がとても愛おしい。歩く時は俺が手を引いて、彼女が疲れにくいペースを保つ。彼女の調子を見て、適度に休憩を促すのも俺の役目。少し体調が悪くても彼女は学校に行きたがるから、彼女の体調を常に気遣い、彼女に異変があればすぐに安静にさせる。少しの我儘は聞いてあげるけれど、体の事となれば話は別。嫌がっても療養させなければ、彼女は壊れてしまうから。彼女を守るのは俺しかいないのだ。きっと彼女は俺なしでは生きていけない。それすらも喜ばしいと思ってしまう自分は病に侵されているようだ。相互依存、とでもいうのだろうか。俺が必要な彼女と、彼女を愛することしかできない俺。なんてお似合いなカップル。彼女を他の人間になんて渡すものか。

今日の授業は全て終わった。小唄とは同じ大学で同じ学部。とっている授業もほとんど一緒なのだけれど、やはり違う授業もある。それでも意地で時間は同じ。だから家を出るのも、帰るのも一緒だ。チャイムが鳴る前に道具は全て片づけてあったので、一番に教室を出て彼女を迎えに行く。いつも通りの行動とはいえ、今日は特別な日なのだ。
「小唄!」
授業の片づけをしている彼女を呼べば振り返って笑う。それだけで幸せを感じる俺は重症だ。
「なぁに?」
彼女の綺麗な目が俺を見る。小さな口が動き、そこからこぼれ落ちる言葉は俺へあてたもの。今すぐその細い腕を引き、腕の中に抱き寄せたい衝動をぐっとこらえる。ダメだ。まだダメだ。人目がある。恥ずかしがり屋な彼女はきっと今この場での行動は望んではいないだろう。耐えなければ。
「一緒に帰ろう」
「え?ちょっと待って。まずお片付けして、みーくんに」
「うん、いいから。急がなきゃ」
「えっ?」
彼女の手を取って少し強引に教室を出る。急がなくては、彼女のために用意したサプライズが台無しになってしまう。今日は特別な日。今までの俺たちを終わらせて、これからの俺たちが始まる日。きっと小唄も喜んでくれるだろう。
「ま、まって!」
苦しげな彼女の声で我に返る。振り返れば息を荒くし、目に涙をためた彼女がいた。いけない、思考にふけりすぎていた。俺にとっての早歩きでも体の小さな彼女にとっては小走り。こんな事をしてはいけないのに、強引に引っ張っていたせいで彼女の手は少し赤くなっていた。
「ごめん」
赤くなった手を優しく撫でると彼女は少し身を固くした。けほけほと、むせ返ってしまっていた呼吸も少しずつ整ってきたようだ。大事にならずに良かった、と思うと同時に後悔。守らなければならない俺がこんなことをして良い訳がない。
「うん、いいよ。大丈夫」
にこり。笑った彼女はとても優しい人。俺の愛する人。
「でもね、携帯置いてきちゃったの。無くしたらみーくんに連絡できなくなっちゃうから……」
「平気だよ。これからはずっと一緒だから」
「え?」
目を丸くする彼女の肩に手を添える。解ってはいたけれど、力を込めれば折れてしまいそうなほどか細い。顔を近づけ目線を合わせれば、彼女は小さく首を傾げた。鈍感なところもまた愛らしい。
唇と唇が触れた。俺と小唄の初めてのキス。俺は、世界で一番の幸せ者だ。


目を覚ますと隣に小唄がいた。彼女を家まで連れ帰り、ベッドまで運んだ事は覚えている。寝息をたてる彼女を見て俺もつられて転寝をしてしまったのだろうか。彼女の左頬が少しだけ赤くなっているのは、彼女をいい子にする為に一度叩いたから。たった一度でいい子になってくれるのだから、やっぱり彼女もこうなる事を望んでいたのだろう。窓の外を見れば太陽はすでに沈んでいたけれど、そんな事は気にする必要なんてないのだ。
今日からここは俺と小唄、二人の家になる。ありふれたマンションのありふれた一室だけれど、もう学校だって行く必要ない。ずっと二人一緒に居ればいい。彼女へのサプライズプレゼント。この家をきっと彼女も気に入ってくれるだろう。
もぞり。彼女が体を動かした。瞼が震え、うっすらと目を開く。
「みーくん?」
「おはよう、小唄」
声をかければ驚いたのか、彼女は身を固めた。まるで小動物。
「ここ……どこ?」
「俺と小唄の家だよ」
二人の家。二人だけの家。俺以外に小唄を見る人はいない。俺と小唄、二人しか存在しない空間。好きだ、愛してる。俺だけの小唄になって。
抑え込んできた欲望がドロドロと溶け出すのがわかる。でも、もう我慢する必要なんてない。邪魔者なんていないのだから。
折れてしまいそうな体をベッドに沈める。大きな目をさらに大きくする小唄。鈍感な彼女でも、これから何をしようとしているのか解ったらしい。
「まっ、て……」
「好きだよ。愛してる」
「お願い、まって……やっ」
「ずっとお前だけを見ていたんだ。小唄がいれば他には何もいらない」
白い首筋に唇を落せば、彼女は弱い力で俺の体を押し戻そうとする。照れているのだろうか。彼女のブラウスのボタンを外すとさらに激しくなる抵抗。彼女が俺を拒絶するはずがない。だって、いつでも一緒にいたのだから。
「小唄?」
「やだ、やだ、怖い、みーくん」
「小唄、大丈夫。痛くしないから」
「やだ、助けて」
「大丈夫だから、怖がらないで」
「怖い、怖い、やだ、みーくん、みーくん助けて……っ!」
「俺はここにいるから」
「あなたは、だれなのっ」

ガチャリ。開くはずのないドアが開く音がした。誰かが侵入してくる。俺と、小唄しか、存在してはいけない空間に、誰かが。
「小唄」
現れたのは、今この場所に居るはずの俺。野地稔がそこに立っていた。
「みーくんっ」
大きな目に涙をたくさん溜めた小唄がそう言った。
一体、何が起こったのだろうか。理解ができない。どうして俺が、なんで、小唄を泣かせたのは?ここにいる俺は?
「みのるは俺で、小唄の、恋人で……ッ」
震える手を稔に掴まれた。優しいようで、抵抗を許さないその手の反対側。キラリと光った何かが俺の頭に振り下ろされ頭が頭蓋骨が聞いたことのない音を

「稔は俺で、ただの幼馴染だよ。妄想ストーカーくん」



「みーくん!みーくん!」
「こら小唄っ、そんなにはしゃぐとすぐ疲れるぞ!」
「だってみーくんとお出かけ楽しいんだもんっ」
「ペース配分考えろよ、まったく」
「えへへ、でもみーくんは助けてくれるでしょ?」
「小唄が自分でちゃんとできれば俺が助ける必要なんてないんだって……」
「ごめんね?」
「いいよ、好きでやってるから」
「ふふふっ、あのねみーくん」
「なに?」
「あの時……私が変な人に連れて行かれちゃった時、みーくんが助けに来てくれたの、すごくかっこよかったよ」
「ああ……あの時は本当、必死だったなぁ」
「あの人、怪我大丈夫だったの?」
「大丈夫だったよ。というか小唄は被害者なんだから心配しなくていいんだって……人が良すぎるぞー」
「だってぇ……そういえば、なんで私が連れて行かれた場所、わかったの?」
「……小唄の事、好きだからかなぁ」
「えっ?」
「小唄」
「は、はいっ!」
「俺はこれからも、小唄を守るよ。ずっと、ずっと……だからさ、俺と付き合ってください」



ほんものは、


▽小唄ちゃんは畔さんの創作キャラです。ありがとうございました!


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