Heralist


隣の席の麻子ちゃんはとても優しい人です。
いじめられていた私の隣に嫌な顔一つせず座ってくれました。塩谷さん、と呼んだ私に「麻子でいいよ」と言って笑ってくれました。彼女はとても可愛らしく、愛嬌のある人です。体が弱くずっと入院していたと聞いたのだけれど、彼女はすぐにクラスに溶け込み人気者になってしまいました。なってしまいました、と言ってしまう私は、やはりとても心の汚い人のようです。
けれど、そんな私に麻子ちゃんは変わらず接してくれます。他の友達がたくさんできても、私の隣に座っていてくれるのです。

麻子ちゃんが隣に来てから、私の世界は変わりました。
上履きを持ち帰らずとも毎日下駄箱にきちんと残っているようになりました。教室に教科書や鞄を置いておくことができるようになりました。どこからかボールが飛んできて怪我をすることもなくなりました。
「おはよう」
「おはよう!今日は良いお天気だね」
朝、教室に入ると挨拶を交わすことができるようになりました。
彼女は、麻子ちゃんは人を惹きつける魅力があるようです。クラスの中心で彼女はキラキラと笑っています。彼女を囲む人の壁の中はとても穏やかで、私もその壁の一部になる事ができました。

「前髪、そんなに長いと邪魔じゃない?」
麻子ちゃんが私の顔を覗き込んでそう言いました。目までかかったカーテンのような前髪が気になってしまったようです。申し訳ない気持ちが半分、彼女とお話しができる喜びが半分。
「私、麻子ちゃんみたいに可愛くないから」
彼女は眉をハの字にして口を窄めます。
「そんな事ないよ」
「それに、切るのは勇気がいるから」
「あっ、それじゃあ!」
伸ばされた手が私の前髪に触れました。広がる視界。麻子ちゃんの手。笑いかける。
パチンという音がして、彼女の手は離れました。
「何をしたの?」
「見て!」
彼女がこちらに向けた鏡の中で、不細工が可愛らしいくまのペアピンを付けていました。
それは、私の大切な宝物になったのです。



冬のある日の事です。
その日もまた、教室の雰囲気はいつもと少し違っていました。朝のホームルームで担任の先生が転入生を連れてきたのです。
私たちとは違う制服を着たその女生徒はとても綺麗な人でした。
「それじゃあ、今まで海外にいたの?」
「日本での生活は慣れた?」
「うん。何年かあっちで暮らしてただけだから」
「かわいい!」
「髪きれい、何か使ってるの?」
「特別なものは何も」
「うそー!いいなぁー」
また一つ、人の壁ができたようです。

けれどもその壁はすぐに崩れてなくなりました。なんと転入生はとても酷い人間だったのです。大好きな麻子ちゃんは転入生に傷つけられてしまいました。いつも笑っている麻子ちゃんが泣いていたのです。
「気にしないで、私がきっと悪い事しちゃったの」
麻子ちゃんは皆にそう言いましたが、皆は麻子ちゃんを傷つけた彼女を赦しませんでした。
彼女の上履きに泥を詰めます。彼女の教科書はゴミなので捨てます。この教室にふさわしくない彼女が喋ることは可笑しな事です。ボールは彼女に吸い寄せられるように飛びます。体育倉庫は彼女の教室です。


「そんな酷いことしちゃダメだよ」
麻子ちゃんがそう言って、笑いを堪えています。
「大丈夫だよ麻子ちゃん」
私は麻子ちゃんの隣で笑っています。



とてもたのしいです。


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