Heralist


「俺ね、強姦はただの暴力だと思うよ」
しっかりと俺の帯を握りしめたじろちゃんに訴える。逃げたい。今から起こる事を容易に想像できてしまうのが嫌だ。
ニヤリと笑う顔はまさにやる気満々。どうにかして逃げられないだろうかと辺りを見渡してみても、ガランとした屋敷の中には人っ子一人見当たらない。強姦常習犯がここにいるというのに、改方はどうしてこの男を野放しにしておくのだろうか。
お巡りさん、しっかりしてください。そして助けてください。善良な盗賊が今、犯されようとしています。
「あー、じろちゃんがお巡りさんだった……」
「あん?何当たり前の事言ってんだ」
この柄の悪さはどう見たってお巡りさんには見えない。
強引に体を畳に押し付けられ、頭には諦めの二文字が浮かぶ。血が出るような事はしないと分かってはいるけれど、暴力的なソレは決して気持ちの良いものではない。痛いのは嫌だし、穴として扱われるのは勘弁してほしい。体を合わせるのなら、たとえ一過性のものだとしても愛が無くてはならないというのが俺の持論だ。そして、できる事なら男役が良い。
諦めるな、俺。
「じろちゃん待って!話があるんだ!」
「5秒で話せ」
酷い。
「もー、じろちゃんってばせっかちさんっ!そんなに激しく求められたら伊吹くん蕩けちゃう……っ」
精一杯のおちゃめな台詞はどうやらじろちゃんにしっかりとダメージを与える事ができたらしい。
力の緩んだ腕を振りほどき、全力で逃げる。
「待ちやがれ伊吹ゴルァ!!」
「あはははっ、捕まえてごらんなさーいっ!」
後ろから追ってくるのはまさに鬼。捕まったら今度こそ、確実にヤられる。
屋敷を囲む塀を軽々と飛び越え外へ。見慣れた町中を駆け抜ける。
逃げろ、逃げるんだ伊吹――!

「うあっ!……あれ、伊吹くん?」
「わー!早良寺さんっ、ゆっくりお話したいけど今ちょっと愛の逃避行中だからまた今度!」
「え?……あっ!こら相模、やめなさい!」

「あれー、いぶいぶ逃走中?がんばー!」
「ああんっ、密くん愛してる!今夜遊びに行くね!」
「あっ、いぶいぶ後ろ、後ろー!」
「きゃー!!」

「あっ!きのっちー!止めて!じろちゃん止めて!」
「うわぁ無理です止めるとか無理ですっすみませんさようなら……!」
「きのっちー!!」


穏やかに流れる川。雨が降ると足が付かないほど深くなるこの川も、今は歩いて渡れる程浅く、澄んだ水が流れている。
じろちゃんと二人、へろへろと橋の下まで歩き、川原に転がる岩に仲良く並んで座る。服の内側から広がる熱が少し気持ち悪い。どれだけ走っただろうか。ここまで長く追いかけっこをするのも珍しいかもしれない。じっとりと滲み出る汗を拭い、ぷはぁとわざとらしく息を吐く。
「もームリ!もー走れない!」
「……おう」
どうやらじろちゃんにもあまり元気は残されていないようだ。今日はもしかしたら、このまま解散の流れになってくれるかもしれない。ゴソゴソを何かを取り出すじろちゃんの手元をぼんやりと眺めながら、なかなか落ち着かない呼吸を整えることに専念する。
ああ、水が飲みたい。
目の前には飲み干せない程の水が流れているというのに、そこまで行くにも疲れきった足を動かさなければならない。それも億劫に感じる。できる事なら今すぐ水を飲みたいけれど、もう少し休んでからにするしかないようだ。
――ごきゅっ、ごきゅっ
不意に、そんな音が隣から聞こえた。何か液体を豪快に飲み下している喉から出るような音だ。音の発信源である隣を見ると、瓢箪に口をつけているじろちゃんがいた。
「じろちゃん、それ何?」
「水」
一言、そう答えて再度口を付ける。
「伊吹くんにもちょーだいっ?」
小首をかしげてのおねだり。それをじろちゃんは横目でチラリと見て、鼻で笑った。
「欲しかったら相応の態度ってもんがあるだろ」
これ以上どうしろと。土下座か、土下座をすればいいのか。それにしたって、今の言葉はどう考えても改方の台詞ではない。今更すぎて突っ込む気も起きないのだけれど……。一先ず、土下座ひとつで水を恵んでもらえるならと腰を浮かせる。じろちゃんはまた、水を口に含んでいた。
「……じろちゃん」
そして、思い付いた。じろちゃんが優位に立っている今、彼は油断しきっているはずだ。現に俺が肩に手を置いても何をしようとしているのか思い至っていない。込み上げてくる笑いをくっと抑え、顔を近付け唇を合わせた。
今日の出来事全てがコレひとつで楽しい思い出になるだろう。
逃げようとする頭にそっと手を添え、奥へと舌を滑り込ませる。じろちゃんは相手に怪我をさせる事を嫌う。噛まれる心配はない。口内に残っていた水を掻き出すように上顎をなぞれば、緩んだ口の端から水が滴り落ちた。
流石に飲み下すほど掬い取る事はできないけれど、湿り気を帯びた口内に舌を這わせ、鼻から抜ける息に耳を傾ければ、不思議と渇きは薄れていく。
じろちゃんはどんな顔をしているのだろう。潤っていく心を更に満たすため、そっと盗み見る。目が合った。鋭い眼光。悪寒。
「じろちゃ……っ!」
「いい度胸してんな、伊吹ィ……」
「いたい痛いっ、じろちゃん髪!痛っ……怖い!顔が怖いよじろちゃん!!」
掴まれた髪を体が反り返るほど後ろに引かれ、開けた視界に写り込んだじろちゃんの凶悪な笑顔。何度も言うけれど、改方としてあるまじき姿だ。
「お誘いありがとさん。なぁ伊吹、これは合意だよな?」
「……っ、ぐっばい!」
足を払って全力で走り出す。掴まれていた後頭部はヒリヒリと痛むけれど、今はそんな事を気にしている場合ではない。髪の一本や二本、貞操に比べれば安い物だ。
走れ、今はただ、一心不乱に走るんだ伊吹――!

「待ちやがれ伊吹ゴルァ!犯す!!」
「あはははっ、捕まえてごらんなさーいっ!」
後ろから追ってくるのはまさに鬼。捕まったら今度こそ、確実にヤられる。



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