Heralist


「おじゃましまーす」
通い慣れた部屋のドアを開けると、ふわり、いつもとは違う甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「お疲れさまです楓さーん」
靴を脱ぎ遠慮なく上がり込めば、お目当の人物がひょこりと顔を出した。
甘い香りが強くなる。
「今日早くね?」
「午前授業だったんですー」
くるくると何重にも巻かれたマフラーを外し、定位置となっているソファーへと放り投げる。暖かいこの部屋の中では、コートも必要ないだろう。
ひとつひとつボタンを外しながら彼に視線を向けると、この時間には珍しく、彼はエプロンを身に付けていた。
「えーっ、楓さん誰にチョコあげるんですかー!?」
「花子」
突然だとでも言いたげな彼。心がふわりと温かいものに包まれるような感覚。にやけそうになる顔を引き締めながら話を続ける。
「なるほど、逆チョコですね!」
ぽんっと大袈裟なジェスチャーを交える。こうしなければ、些細な事で照れているのがバレてしまうような気がするのだ。何も気付かれて悪いことなんてないのだけれど、それは少し、恥ずかしい。
そんな私の心を知ってか知らずか、彼はいつもと変わらず言葉を続けた。
「バイト代出すからさ、ちょっと体にかけさせて」
さようなら乙女心。いらっしゃいエロ心。

散々チョコレートプレイのエロさについて語り合い、一息つく。並んで座るソファーは根付きたくなるほど居心地が良い。
せっかくだからと淹れた紅茶を一口飲むと、足元に置いた鞄と紙袋が視界の隅に写り込んだ。口の開いた紙袋からは可愛らしくラッピングされたお菓子がいくつも顔を覗かせている。学校で可愛い子ちゃん達から貰ったチョコレートだ。友チョコ文化は素晴らしい。可愛い子ちゃんが用意したチョコレートを貰えるなんて、想像しただけで興奮する。実際、今日の学校は天国だったし、私のテンションはいつも以上に高かった。友チョコ万歳。
――なんにせよ、今日は少々浮かれ過ぎていたようで。
「私もチョコ用意してたんですけどね、可愛い子ちゃん達にうっかり楓さんの分も配ってしまいまして……」
彼の為にと用意したチョコレート。それをつい、想定外の可愛い子ちゃんにチョコレートを渡された際にお返しとして贈ってしまった。
彼氏へのチョコレートを女の子へ渡してしまうなんて、怒られても仕方がない。
「そっか、残念だな」
だというのに彼は素直に残念がってくれるのだ。そこにお詫びのエロコスプレという下心があろうとなかろうと、ありがたいことに私のこの、変態的な可愛い子愛好への理解はある。
拝みたくなる気持ちを抑え、鞄を持ち上げて膝へと乗せる。彼への感謝と愛を伝える為に考えた、私なりのプレゼントだ。
「そこで! 急遽チョコレートを買ってきたのですが、高校生の財力なんてたかが知れているので、せっかくですしスペシャルなチョコレートにしようと思いましてね」
鞄から取り出したのは、ついさっきコンビニで購入した三粒で500円のチョコレート。それを渡すでもなく、自分で包装を取り外し、中から一つ摘みあげる。
ちらり。彼の顔を見ると、何かを待っているかのような余裕の表情。
――さては“あーん”を期待していますね!?
甘い、甘いぞと笑みを浮かべる。体にチョコレートをかけたいなどと言い出すような彼を喜ばせるには“あーん”では生温いだろう。
指で摘んだチョコレートを自分の口へと運び、そっと唇で挟み込む。顎を上げ、目を閉じ、ここで可愛くあの台詞を――!


はっふぃーふぁれんたいん!


(ですよね! 言えませんよね!)
(それはそれでありだな)



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