Heralist


「……ティモシーさん、どうしたんですか?」
真剣な眼差しでこちらを見つめてくるのはキャストのアドリアーノ。先ほどから当たり障りのない日常的な言葉を交わしていたというのに、彼は唐突にそう言って眉尻を下げた。
対する俺はぐっと唇の内側を噛み締め、その波をやり過ごす。アドリアーノのこの反応はいけない。
「何が?」
「……その、力になれるかはわかりませんが、悩みがあるのならお聞きするくらいはできます」
――コイツめっちゃいい人だな!
改めてそう思いはするけれど、口は開くことができない。なんと言っても今日の俺は、色々な事に対して警戒をしなければならないのだ。不必要に喋って、全てを台無しにするわけにもいかない。
言葉を返さない俺を更に心配そうな面持ちで見つめるアドリアーノ。その肩を軽くぽんぽんと叩き、ゆったりと落ち着いた動作で立ち上がる。
「悪い、ナギサに手伝い頼まれてんだ」
「いや……いや、待ってください」
グッと腕を掴まれる。こんな時に限って押しが強いのは一体どういうことなのだろうか。しかし危ない。早くここを立ち去らないと、そろそろ限界が近い。
「アンディ、ちょっと、なに」
「笑ってくださいよ……!どうして笑ってくれないんですかっ!?」
「んんっ……ん、ごほんっ、いやさ、別に?俺だって?いっつも笑ってるわけじゃねーし?」
この野郎。危うく今日の努力を水の泡にするところだったぞ。
さすがはキャスト様、迫真の演技といったところだろうか。少しわざとらしくもある映画のワンシーンのようなその台詞の攻撃力は高い。それでも俺は耐えた。ギリギリ耐えたのだ。
ひとつため息をつくと、幾分気持ちが落ち着いた気がする。
絶妙に面白いことをしてくるとは、台詞の内容も考えると、アドリアーノはきっと気付いているのだろう。
「なぜこんな馬鹿なことを……ッ!」
「やめろよアンディ!俺は今日、笑わないって決めたんだ!!」
そう、今日の俺は笑顔を封印しているのだ。それを引き出そうとするアドリアーノは敵だ。殺せ。殺らなきゃ殺られる。
そんな物騒な事を考えていると、視界の隅でアドリアーノが誰かを手招きしているのが見えた。現れたのはルシャーノ。アドリアーノがこそこそとルシャーノに耳打ちしているのを見て、ごくりと唾を飲み込む。
やばい、奴は強敵だ。アンディのやつ、化け物を召喚しやがった……っ!
事情を把握したのか、くるりとこちらを向いたルシャーノは突然、声を出して笑い始めた。――必殺、誘い笑い。思わず噴き出し、自分の意思に反して口角が上がる。慌てて手で口元を隠すけれど、にっこりと笑う二人に敗北を認めざるをえない。
「……っ、ソレ卑怯だろ!」
「ティムちゃんは笑ってる方が素敵だよ」
「うわぁ痒い!めっちゃ痒い!」
ぞわりとした腕をひっかいていると、アドリアーノがルシャーノにお礼を言い、そのルシャーノはひらひらと手を振りながら去っていく。彼が手に持っていたココアの香りだけがこの場に残った。



(……今度、ルシャには何か仕返しをしなければ)



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