Miss secretary | ナノ


▽ misery





「・・・んっ・・・」


寝返りを打ったことでベッドがきしむ音とシーツが擦れる音がした。
うっすらと目を開けたが眩しい光によって再び瞼を閉じる。
寝起きでうまく働かない思考がだんだんと現実に戻って来て、私はもう一度うっすらと目を開けた。

見慣れない白いレースのカーテン越しの大きな窓から容赦なく太陽光が差し込んでいて、窓際の小さなテーブルに肘をついて座っている人影が目に入ったが逆光でよく見えない。
まだ完全に覚めきっていない頭で考えてみるもののその人物が誰か分からない。


「目が覚めたかい?」


その人物から発せられたであろう声に反応して私の目は完全に開いた。
穏やかなアルトだったが女性とは違う音に、その人物が男性であることが分かったからだ。
思考も完全に冴え渡ってきて、私はガバッと音お立ててシーツに埋もれていた身体を起こした。


「・・・っ・・・った・・・」


突如身体に走った鈍い痛みによって私の顔は強張る。
主に下半身を中心とした痛みに思わず両手で痛みがした個所の近くをおさえた。
と同時にガーンと頭を殴られたような頭痛がして、今度は頭を抱えて項垂れた。


「大丈夫かい?何処か痛い?・・・昨日はだいぶ飲んでたし、それに無茶をさせてしまったから・・・」


窓際に座っていた人物が、いつのまにかベッドに来ていて私の肩に手を添えながらそう言った。
昨日・・・?飲んでた?
思い出そうとするとどんどん頭痛が酷くなる気がした。
そう言えば・・・


「し、ごとっ・・・」

「あぁ、今日はオフだから大丈夫って、昨日言ってたよ。」


オフか・・・それは良かった。
こんな痛みとともに出社なんてとんでもない。

「ちょっと待ってて」と言う言葉を残して、その人物は何処かに消えたかと思うと、しばらくしておでこに冷たい濡れタオルをあててくれていた。
冷たいタオルによって少し痛みが軽減されたことで、私は初めて至近距離でその人を見つめた。


「ゆっ、ゆきむらっさんっ!?」


あまりの衝撃の後、私の全身が冷えていくのが分かった。


「・・・ふふっ。俺じゃなきゃ誰だと思ってたの?」


どうやら私は昨日相当な量のアルコールを接種したらしい。
だって、こんな経験は人生で初めてだからだ。
記憶が無いうえ、自分の雇い主すら分からないほど頭がぼーっとするなんてどうかしている。

それにしてもなんで幸村君と・・・
それにここはいったい・・・


「はい、水。飲んだ方が良いよ。」


そう言ってグラスを手渡してくる幸村君から水を受け取って体内にとりこんでいきながら、考える頭は止めない。

急にパッと思い出して、私はシーツをばさっと捲るとそこには全裸の私の身体があった。
私は更に青ざめたが、何も覚えていないので何があったか全く分からない。
もしかして、例の仕事をしてしまったのか・・・
隣に居る幸村君に聞きたいけど、自分からは恥ずかしくて聞けそうにない。


「・・・あとで説明するから、とりあえずシャワーでも浴びるかい?お風呂もためてあるから、良かったら入って。少しはすっきりするかも。」


そう促されて、私は浴室へと向かった。
少しぬるめの湯船につかりながら現状による考察を纏めてみるに、どうやら私は昨日雇い主である幸村君と飲み、それから幸村君の家に上がり込んで、例の仕事をこなした。・・・というのが推測された。

自分は恋愛なんて出来ない。
幸村君が私にそんな関係を求めるはず無い。
そう決めつけていただけに、受け入れがたい現実だった。
「結局、何も無かった」に10億円賭けたいが、それではこの鈍くて重い下半身の痛みはどう片付ければ良いのだろうか。
初めてだったのに、何も覚えてないなんて、まったく、それこそイメージ通りの名字名前だな・・・と自嘲する。


ポチャンという水音で初めて自分が泣いているということに気付いた。
止めようと手で拭ってみたが、とめどなくあふれる涙に、私はせめて鳴き声が響いてしまわない様に必死で口をおさえて堪えた。

自分でこの仕事を選んだんだ。いい加減受け入れろ!
そう思えば思う程、自分が情けなく思えた。

結局、私は何も覚悟なんて出来ていなかった。
ただ周りや環境に流されていただけだ。

本当は、女王なんかじゃないって言いたかった。
私は男の人を使ってなんかいないって言いたかった。
でも結局はお金欲しさに目がくらんで、自分が一番なりたくなかった、ずっと否定したかった自分に成り下がってしまったのだ。

もう誰も本当の私なんて信じてはくれないだろう。
私はお金の為に自分の身体を捧げた尻軽なのだから・・・


ひとしきり泣いた後、私は湯船からゆっくりとあがった。
まぶたが腫れない様に冷水のシャワーで顔を冷やした。
もうこうなった以上、死ぬまで演じ続けるしかないんだ、名字名前を・・・いや、演じるというか、落ちていくんだ・・・名字名前のところに。



浴室から出ると、Tシャツとズボンがおいてあったので袖を通すと、どうやら幸村君のもののようだった。
あまりにもサイズの合わない服に笑みがこぼれて、洗面台の鏡をみると見窄らしいノーメイクの私と目が合った。


「・・・はじめまして、女王さま。」


周りから派手だ派手だと言われ続けて来たが、いまのこの見窄らしい女王様を彼らはいったいどう表現するのだろうかと思いながら、皮肉を込めて鏡に向かってそう言った。



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