朝倉と電話してからと言うもの、俺はたまに朝倉とラインでやりとりするようになっていた。
そして、朝倉と話せば話すほど名字を目で追ってしまう自分に気付いた。

朝倉との会話のほとんどは名字のことだった。それは、朝倉の話のほとんどが名字に関することばかりだからだ。
名字の話をそれ以上したくなかった俺は、一度、大阪の友人について訊ねたが、どうやら彼女は女の子の友人はほとんど居ないらしい。
原因は、俺が見るに嫉妬だ。朝倉は大阪では四天宝寺に通っていてあの白石と仲が良いらしく、テニス部員とは仲がいいもののそれがきっかけとなり女子の友達が離れて行ったそうだ。
俺も白石とは何度か練習試合で会ったことはあったので、あれは確かにモテるだろうな納得した。
そして名字は朝倉の唯一の女友達なわけだ。よって朝倉は名字にすごく懐いている。それはもう小学校の頃の俺以上に、だ。
俺は、なんだか悔しくなり、ますます名字のことが嫌いになりそうだった。



名字がクラスに戻ってきて二月が経った。
朝倉と連絡を取るようになって一月の間、俺は名字を目で追ってしまう中、数々の衝撃的場面を目撃してきた。

部活途中、近くの花壇に目をやると名字が踞って何かしているのを見つけ、そのまま様子を見ていると、どうやら彼女は萎れた花の手入れをしているようだった。
しかも、素手で汗だくになりながらだ。もっと驚いたのは、花壇の外のミミズをひょいと右手で掴んで花壇の土に戻したのだ。これも、もちろん、素手で。
俺は、今までそんな女子を見たことが無かったので、あんぐり口をあけて驚いてしまった。

そして、小学校のころの体育の時間は、みんなが必死で運動する中、隅に立ってそれを怪訝そうに眺めていた彼女が、今では汗だくになってバスケをしたり走り回ったりする姿にも驚いた。
またある日は、校庭に落ちていた雀の死骸を拾ってうめているのも目撃した。これも素手でだ。

そして極めつけは、俺達テニス部がいつものように屋上でお昼を食べているときだった。

仁王が、「ほう、これまた面白いことをやっとるのぉ・・・」と言って裏庭を見下ろしていた。
この裏庭はゴミ捨て場があるので、放課後以外はあまり生徒が寄り付かないが、ここ屋上からと2階の第二図書室からは丸見えだった。

仁王の目線と同じ方を、俺も含めた部員全員が覗き込んだ。
すると、そこには所謂いじめの現場があった。
1人の女の子が壁際に追いつめられて、4人の女の子に何か言われたり髪を引っ張られたりしている。
しばらく多数派が何かを叫んでいたかと思えば、4人のうちの1人がポケットからハサミを取り出した。


「おうおう、これは物騒じゃのぅ・・・くくっ」

「ばかっ!そんなこと言ってないで何かしないと!」


俺はその子が朝倉と重なり、どうやって止めようか考えていたそのとき、ちょうど下の2階の図書室の窓から女の子が身を乗り出して飛び降りた。
「きゃー!!」という女子数名の悲鳴に、驚いた部員の「うわっ!」という声が重なったと同時に俺は息を飲んだ。
2階からほうきを持って飛び降りて、いじめられていた女の子を背に4人の女子の前に立っているのは名字だった。

俺達が息を飲んで見ている中、何か激しく言い合いをしていたかと思えば、ハサミを持った女子が名字の髪をガッと掴んで勢い良くハサミで片方の髪をバッサリと切ってしまった。


「うわっ!あちゃー・・・かわいそ」


丸井がそう同情を漏らすと同時に、名字はハサミを奪って相手の女子を膝蹴りで押し倒すと、その子の前髪を掴んでバッサリと切ったのだ。
それを見た仲間の女子は、後ずさりして、前髪を切られて泣き始めた女子を引っ張って逃げて行った。


「くくくっ!やるのう、あの女・・・」

「すっげえ!俺、女の膝蹴り初めてみたぜい!」

「ちょー格好良かったすね!なんか俺までスカっとしたっす!」

「ふっ、悲惨な前髪だったな」

「・・・ああ、でも、それは彼女もだろ・・・」


ジャッカルがそう言って名字を見たので、再び皆、名字に視線を戻す。
名字は長い方の自分の髪を掴むと女子から奪ったハサミで切られた方と同じ長さまでバッサリと切ってしまった。
そして、切られた自分の髪を拾って、さきほど切った髪をゴミ捨て場にポーンと投げ捨ててしまった。


「・・・なかなかやるな。」


滅多に人を褒めない真田がそう呟いた。

名字はポケットからハンカチを取り出して、しゃがみ込んで泣いている子に差し出すと、自分もその女の子の隣に座り込んだ。
しばらくして落ち着いた女の子の手を取って名字と女の子は裏庭から去って行った。

俺は屋上で自分が見たものが信じられず、その後はお弁当が喉を通らなかった。


「・・・くくっ・・・ええのう、あの女」


仁王が意味ありげに薄く笑う中、俺は呆然と彼女達が居なくなった裏庭を見つめていた。