君にさようなら | ナノ








▽ 嫉妬とは凶器






体育館に入るとすでに生徒がいて、それぞれに座ってストレッチをしたりなど思い思いにすごしていた。

その中になまえの姿を見つけて近寄ると、彼女はふわっと笑ってから俺に向かって手を振る。
あの安心しきった顔をしてくれるまで随分と時間がかかったなと思うも、そんな無防備な顔を見せられて少し居たたまれない気持が入れ混じる。

俺はマーキングと言わんばかりになまえの頭を撫でてから、おでこにキスをした。
周りが少しどやっとしたものの気になんてしない。



俺もストレッチを終えると教師が体育館に入って来て、今日の授業内容を言う。
どうやら女子と男子で別れてバレーボールを行うらしい。

男女共々3ブロックずつ別れて行うらしく、俺は一番最後のブロックとなりなまえは一番最初のブロックとなったことで、お互いに見学ができることになった。

コートに入ってなまえがレシーブの構えを取った瞬間、後ろで小さな口笛が鳴った。
さっきのクラスメイト達だ。

なんで口笛がなったかといえば一目瞭然である。
レシーブの体勢をとったことでなまえの胸が寄ったからだ。
俺はふつふつわき上がる怒りを抑えて、なまえを見守った。

それからというもの、第一ブロックはなまえのチームが勝つ頃には俺は嫉妬で真っ黒に染まっていたと思う。

なにしろ、なまえがアタックシュートを決めようとジャンプをしたり、落ちたボールを拾おうとレシーブを決めたり、点が入るごとに飛び跳ねて喜んだりする度に、俺の背後からか下衆な歓声が聞こえて来たからだ。

次のブロックと入れ替わる際に、俺の方を見たなまえは嬉しそうに手を振ってからブイサインを決めた。
彼女がそうしたことで、後ろがまた騒がしくなる。



「おいおい!いま俺に手振ったよな!やっべ!ちょー可愛い!」


「ばーか!ちげえよっ!あれは俺にだっつーの!」


「何いってんだよ!どうみてもあれは俺にだろ!?あーもう告白しようかな・・・もしかしたらいけんじゃね?」




俺の彼女なのに・・・
俺だけの大切ななまえなのに・・・
俺の・・・俺だけの女の子なのに・・・

俺の中で嫉妬の渦が激しく巻き起こる。
俺はそんな気持のまま、コートに入り、相手チームに先ほどのクラスメイトがいることを確認すると執拗に狙いを定めてこてんぱんにしてやった。
バレーボールでイップスが使えないのが何とも心残りだったが、ぜーぜーと床にへばりつく姿を見て、少し落ち着いたものの、まだ全然すっきりしない。


そのうち授業が終わり、皆ぞろぞろとクラスへと戻っていく。
俺も帰ろうと体育館シューズから校内用シューズへと履き替えたところで、背中を突かれる。



「お疲れ!お互い勝てて良かったね。」



そう俺に満面の笑顔を向けてくる彼女に、俺は依然すっきりしない気持だったので曖昧に返事をしてしまう。



「・・・あぁ。そうだね。」



「・・・?・・・どうかしたの?・・・あ、そう言えば、なんか井口君だっけ?なんかしつこく攻めてたけど、何かあったの?」



「・・・そうだね・・・まあ、でももういいんだ。」



「・・・そう・・・。
・・・・・・ねぇ・・・幸村・・・何か怒ってる?」



なまえが俺のジャージの袖部分を掴んでそう訪ねたことで、俺はようやく彼女を見た。
気付けば、生徒達は皆クラスへと戻り、広い体育館には俺となまえだけになっていた。

なまえは心配そうに、そして不安そうに俺の袖を掴んだまま首を傾げて俺の瞳を見つめてくる。

俺が何度も彼女に言ってきた癖がまた出てる。
なまえが悪い訳じゃないのに、どうにもイライラしてしまい俺は自分を制御できなくなっていた。



俺は、袖を掴んでいるなまえの手を自分の方に引き寄せて、もう片方の手で小さい顎を掴んでそのまま自分の唇を彼女のそれと重ねた。

驚いて、俺から離れようとする彼女の後頭部に手を回して、そのまま深く口付ける。
息をしようと開いた彼女の口内に舌を滑り込ませて、彼女の舌を絡めとる。
想像以上に甘い彼女の口内に酔いしれて、俺は夢中でそれを味わった。

時折漏れる小さなうめき声が俺の中の加虐心を煽る。
歯列をなぞるとビクっとする彼女の身体を強く抱きしめながら、隅から隅まで味わおうと執拗にキスを続けた。

そうしているうちになまえの膝がガクガクと揺れ始めたかと思えば、ピリッとした痛みが口内を走り、俺は漸く彼女から唇を離した。

そしてハッと我に返る。
・・・やってしまった・・・単純にそう思った。

なまえはへなへなと座り込んで、乱れた息を整えながら潤んだ瞳で俺を見上げていた。

なんとも下半身にくる光景だったが、俺はそれよりも自分自身の誓いを破ってしまったのではないかということで頭がいっぱいになる。




「・・・・・・ごめん・・・。
・・・どうかしていたよ・・・・・・本当にすまない。

・・・大丈夫かい?」



俺はしゃがみ込んでなまえと目線を合わして大丈夫かと訪ねると、彼女は俺から目を反らしたまま小さく頷いた。
俺は彼女を立たせると、軽くジャージを整えてあげて、彼女の手をとってクラスに戻った。

なまえをクラスに送るまでの間、俺達は一言も発しなかった。
いや、発せなかった。
俺の方を一度も見ないなまえの態度で、俺がまた自分勝手な行動をとってしまったということが嫌というほど理解できた。




「・・・・・・最低だ・・・。」




俺は人気のない階段で壁に背中を預けながらズルズルとへたり込み、両手を頭で抱えた。

ゆっくりと築きあげたものが一瞬にして崩れ去った。
一瞬にして灰にしてしまったどころか、ハウスダストにしてしまった。


己の中にあんなに強い感情があるなんて知らなかった。






もう、口も聞いて貰えないかもしれないなと自嘲の笑みを浮かべながらも、なんだか泣きそうになり俺はしばらく階段下でしゃがみ込んでいた。




prev / next

[ back to top ]