君にさようなら | ナノ








▽ 言いたかったこと




琴子に言われた通り、とりあえず幸村に会おうと、放課後にテニス部に来てみたものの、もう練習は始まっていたので終わるまで待つことにし、少し離れたところにあるベンチに腰かける。
一生懸命練習している皆を見ながら、中学の頃を思い出した。

ラケットにボールが当たる音、好きだったな・・・。

幸村は相変わらず肩にジャージをかけている。
あんな激しい運動をしてジャージが落ちないなんて、琴子の言う通り魔王様なのかも・・・なんて下らないことを考えては独り言ちて笑う。



そうしているうちにどんどん日は暮れていき、私はいつの間にかベンチで寝てしまっていた。
なんとも緊張感のない奴だと自分でも笑えるが、こんなどうしようもないのが私なのだ。

洋式水洗トイレの水の流れが永遠と止まらないという、なんとも下らない夢を見ていた私に「なまえ」とどこからか穏やかな声がかかり、それとともに身体を優しく揺すられ目を覚ますと、すでに制服姿に着替えていた幸村がいた。




「・・・あ、幸村・・・ふぁああ。
・・・ごめん、私寝てたんだね・・・。起こしてくれてありがと。」



「ふふっ。いくら夏前でも外での居眠りは風邪引くよ?」



「うん。そうだね。気をつける。」



「・・・誰か待っていたのかい?」



「あ、うん。でも、もう会えた。

幸村、待ってたの。一緒に帰ろ?」




私がそう言うと、幸村は少し驚いて、でも嬉しそうに頷いた。
良かった。まだ、嫌われてはいなかったみたいだ。


琴子に相談したからか、こうやって一緒に帰ることが久しぶりだからか、なんだか変に緊張するな・・・。
幸村とこうやって一緒に帰るのは好きだ。
でも、付き合っている頃は幸村の隣にいるとすごく緊張していたなと思い出す。
またよりを戻すとそうなってしまうことが嫌だ・・・。


どうやって話を切り出そうか考えていると、幸村の方から話を切り出した。




「・・・何か、言いたいことあったんじゃないのかい?」



「・・・うん。・・・でも、それよりも幸村と最近会ってなかったから、会いたいなって思ったの。」




幸村はまた少し驚いてから、下を向いてしまった。
私は気になり、幸村の顔を覗き込もうとすると、幸村が私の手を握ってきたのでやめた。
私にはそれが幸村が見ないでと言っているような気がしたから。




「・・・・・・幸村?」



「・・・なまえはさ・・・俺のことどうしたいの?」



幸村は下に向けていた顔をこちらに向けながらそう言う。
幸村の顔が少し赤くなっていて、どこか恨めしそうにこっちを見上げながら続けた。




「・・・・・・そんなこと言われると、期待するよ?」




私の手を握りながら、急に足を止めて真剣な目を向けてくる幸村に、私も私の正直な想いを告げようと思い手を握り返すと、幸村はまた赤くなった。




「・・・あのね。私、こないだ幸村に会ってから色々考えたんだ。」



「・・・うん。・・・それは俺にとっていい話?」



「・・・分かんない・・・。でも聞いて欲しいの・・・。だめ?」



「・・・・・・かわいい・・・。もう、なんでいちいちそんなに可愛いの・・・。」



私の後ろにリスでも見つけたのか急にそんなことを言うので驚いて「え?」と声をだすと、気にしなくていいから続けてと言われたので続けることにする。




「・・・あのね。私も、幸村と一緒だと思う・・・。幸村が他の女の子と付き合うのは嫌だなって思ったの・・・。」



「・・・うん。」



「・・・でもね、それが私の独占欲なのか幸村を好きだってことなのか、分からないの・・・。
それにね・・・こないだも言ったけど、私、いまが幸せなの・・・。
それが壊れちゃうことが怖いんだと思う・・・。」



「・・・俺を好きとかは、今は考えなくてもいいよ・・・。
俺は、なまえが俺のことを考えてくれてたことが嬉しいよ。例えそれが独占欲だとしてもね。

俺が、なまえのそばに居たいから・・・
・・・だから別になまえが俺のことを好きじゃなくてもいいんだ。

・・・・・・・俺が、なまえ のこと大好きだから・・・。」



幸村があまりにも真剣な瞳を向けてくるので目を反らせそうにない。
握られている手が温かくて、でも少し震えていることから幸村の緊張が伝わってくる。



「・・・私ね・・・幸村に嫌われるのが一番怖いのかも・・・。

・・・・・・私より可愛くて頭いい子なんてたくさんいるから・・・

結局、あの頃だって幸村のこと全然助けてあげられなかった・・・。」




「そんなことないっ!!・・・本当に・・・そんなことないんだ・・・。

・・・俺が、自分でいっぱいいっぱいになって、なまえにお礼も謝罪もできなかったけど・・・

・・・・・・・なまえが居なかったらずっとあの暗い病室で一人だった・・・。」




「・・・でも、やっぱり何度も思っちゃう・・・。私じゃなかったら・・・って。」




「・・・なまえ・・・。・・・ごめん・・・。俺が追いつめたんだよね・・・。本当にすまない・・・。」




なんだか話しているうちにあの頃を思い出して視界が淀んでくる。
握られている幸村の手は相変わらず暖かいのに、私の手は一向に暖まる気配がない。

本当に、あの頃は私の人生の中で最も頑張っていた時期でもあったし、一番ツラい時期だった。
それはきっと、幸村も一緒だったはずだ。
私は幸村に謝ってほしい訳でもなければ、怒っている訳でもない。
ただ、もう一回幸村と付き合ったとして、幸村のことを支えられるか不安だし、幸村に嫌われるのが怖いんだ。

何か言いたいけど言えば泣いてしまいそうで何も言えない。
こんな空気を作るはずじゃなかったのに・・・。
ただ、幸村に会いたかった・・・いつものように穏やかな気持ちで仲良く帰りたかった。
そんな我がままなことを思っていると、握られていた手にぎゅっと力を込められたので思わず幸村を見る。




「・・・もし・・・って考えるとキリが無いだろ?

・・・俺もよく考えたよ・・・。

もし、俺がテニスをしていなかったら・・・。
もし、俺が立海じゃなかったら・・・。
もし、俺が部長じゃなかったら・・・。
もし、俺がすっごくテニスが下手くそだったら・・・。
もし、病気にならなかったら・・・。

もし、あのとき家族や真田達・・・なまえがそばに居てくれなかったら・・・ってね。」



どこか自嘲した笑みを見せながら淡々と、でも少し緊張したような口調で話をする幸村。
幸村が私に何を伝えたいのか読み取る為に、私は必死に頭を働かせながら彼の話を聞く。



「・・・でも・・・当たり前だけど、『もしも』なんてないだろ?

・・・でも、すごく辛いときは逃れたい気持から、人はそう思っちゃうんだって気付いたんだ・・・。

だって、通り過ぎてみれば、今よりもベターな『もしも』なんて、俺には一つもないんだ・・・。

テニスに出会えてなかったら、きっと今よりつまらなかった。
弦一郎や蓮二、仁王に柳生、ブン太、ジャッカル、赤也とも出会えなかった。
テニスに出会えたから、頑張るってことを知れた。
きっと病気にならなかったら、こんな当たり前のことにも気付けなかった。

あの辛いリハビリ期間のおかげで、頑張ることに際限がないことも知れた。
自分がこんなにも頑張れるって気付けたし、俺がどれだけテニスを好きかも再確認できた。

・・・神様がいるなら、俺がどんなに幸せ者か気付かせる為に俺を病気にしたんだと思う。

健康で居ることが・・・普通でいられることが、どれだけ幸せなことかも気付けた。
周りの皆の優しさや、それまで当たり前に受け取っていた優しさにも気付くことが出来た。

・・・だから、俺には今よりも幸せな『もしも』なんて無いんだ・・・。」




幸村の言葉を一つ一つ聞き逃さないように泣きそうになるのを堪えながら一生懸命きいた。




「・・・どの一つ一つの思い出にも絶対になまえがそばに居たんだ。

なまえが一生懸命頑張っている姿を見て、俺ももっと頑張ろうって思えた。
それがなまえじゃなかったら、俺はそう思わなかったかもしれない。

手術に踏み切れたのも、そばになまえが居てくれたからできたんだ。
なまえが居てくれなかったら、怖くて踏み出せなかったかもしれない・・・。

・・・俺には、『もしも』なまえが居なかったらなんて考えられないぐらい、俺の過去はなまえが居なきゃ成り立たなかったことばかりだよ・・・。

なまえが居たから・・・なまえに支えられてここまで来れたんだ。

・・・だからなまえ以外の他の子なんて、俺には考えられないよ。

だって、俺が大切にしたい女の子はなまえで、そばで支えて守りたい女の子もなまえだし、これからもずっと一緒にいたい人はなまえなんだ。」




あのころ、一番認めて欲しかった幸村に、きょう初めて認めてもらえた気がして、涙があふれてくる。
泣くのは幸村に別れを告げたあの日以来だ。






あの頃の私の頑張りも全くの無駄ではなかったんだと思うと、涙が止まらなかった。







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