惨めな雨それから彼と再び会ったのは、4年後の兄の友人のお誕生日会だった。
あの日以来、彼は完全に私を避けるようになり、私も自分がしてしまった行動を恥じて彼を追いかけ回すことをやめた。
何より私を落ち込ませたのは、彼のあの瞳だった。
私をまるで汚いものでも見るかのような蔑んだ目をしていた。
あんなに優しくて穏やかな彼があんな目をするなんて衝撃だった。
否、私が彼にそんな目をさせてしまったのだ。
私は、ようやく長かった片思いに蓋をして、彼から身を引いた。
この日は、兄と彼の共通の友人の誕生日だった。
そして主人公の丸井くんは、私の友人である美香のお兄さんだ。
美香とは高校を卒業してから会えていなかったが、先日成人式で会ったときに再び意気投合して、よく会うようになっていた。
それもあり、私もおよばれし出向いたのは良いが、そのことを私は死ぬ程後悔することとなる。
私は、丸井くんと彼が仲がいいことを知っていたので、彼が来るかもしれないとビクビクしながらその場を凌いでいた。
彼はまだあのことを怒っているだろうか・・・
兄から彼にいい人が出来たと聞いていた私は、やっぱり凹んだものの純粋に彼に幸せになってほしいと思っていた。
もう4年も前のことだし、彼にもいい人が出来て幸せな時間を送っているのなら、あの件は時効にはならないだろうか。
頭の中でぐるぐる考えているうちに、レストランの入り口から彼の声がした。
やっぱり来るよね・・・親友だもん。
あの頃の全然変わっていない・・・。
私が大好きだったあの穏やかな彼の声だ。
ちらっと彼を見ると、隣に綺麗な女性を連れていた。
綺麗だけどなんだか派手な女性だなっと思うと同時に、ちくちくと胸が痛んだ。
彼と目が合わないうちに私は彼から目を反らして、目の前のジャンパンに口付ける。
彼と連れの女性が丸井君の席から近い方へと座ったので安心した。
やっぱり主催から一番離れたこの席を選んで良かった、そう思いながら時計を確認すると7時半を指していた。私は、9時には出ようと決心して、再びシャンパンを口に運んだ。
場がだんだんあたたまり盛り上がってきたので、そろそろ帰ろうかと思い、手荷物を持ってトイレに行った。
個室から出て、軽くメイクを整えていると、先ほど彼と一緒に来ていた女性が入ってきた。
そして私を見ると、フっと馬鹿にしたように笑うとこう言い退けた。
「あんたでしょ?精市くんのことずっと追いかけ回してた子って。・・・どんなもんかと思えば大したことないのね、あははっ・・・。
可哀想に、あのころ精市くんったらすっごく困ってたのよ?
今日だって、あんたが来るかもしれないって、関係のない私に一緒に来てくれって言ってしつこかったんだから。
・・・精市くんは、私のものなの。
もう迷惑なことばかりしないで、あんたはあんたの身の丈にあった人を追いかけて居なさい。」
そう私に言うとカツカツとヒールを鳴らしながら個室へと入っていった。
私はなんて馬鹿だったのだろう・・・
彼をここまで追いつめたかったわけじゃない。
ただただ彼を好きだっただけのに・・・
4年も経った今になっても彼は私のことを恐れて、私から逃げたい一心であの女性を連れてきたんだ。
もっと早く彼を諦めるべきだった・・・あんなことをする前に。
彼が私なんかに振り向くはずないって分かっていた。
それなのに、私は執拗に彼を追いかけて・・・・・・
私は、彼と顔を合わさずにそっと帰ろうと、そろそろと店を出ようとした。
丸井君と美香には後でメールで謝ろうと思いながら、そっと入り口まで歩く。
すると美香に急に大きな声で呼び止められた。
「ちょっと !名前どこ行くのよ!席はこっちだよ!もう相変わらず方向音痴なんだからっ」
そう言って私をズルズルと引きずって席へと連れて行こうとする美香に、私は慌ててもう帰らないとという旨を説明すると、まだいいじゃんと言われてしまい席に連れ戻された。
私は先ほど座っていた席ではなく、美香の隣に座らされてパッと前を見ると彼が・・・そこに居た。
私は勢いよく彼から目を反らして、美香に話しかけた。
しかし、急に目の前の彼が私の名前を呼んだ。
「名前、久しぶりだね。元気だったかい?」
「・・・え、あ・・・うん。・・・あっ、私、もう帰らなきゃ。明日、テストなの・・・」
私は、そそくさと席を立って、丸井君におめでとうと伝えて、店を出た。
初めは、早足だった歩行もだんたんと駆け足になっていく。
彼の声を聞いたとき、鳥肌が立った。
私はいまでもどうしようもなく、精市くんが好きなんだ・・・
自分がすごく情けない・・・
私は雨の中を傘もささずに走って家に帰った。
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