浅黄水仙 [ 3/7 ]
「八左ヱ門さん!」
「あぁ、小春」
竹谷八左ヱ門は朝霧小春に呼び止められた。昨日突如として八左ヱ門の前に現われたこのお姫様は、彼を見つけられた事が何よりの幸せという様に大きく手を振って駆け寄ってきた。彼の隣りにいた不破雷蔵は、見慣れない少女が八左ヱ門に親しそうにしている事を不思議に思った。
「ハチ、この子は…」
「…学園長先生の知り合いの娘さんで、昨日から忍術学園に編入した子だ」
「朝霧小春です。宜しくお願い致します!」
「あ、五年ろ組不破雷蔵です。こちらこそ宜しく」
ペコッと小春は頭を下げた。雷蔵も釣られて頭を下げる。
「小春、くのいち教室の制服似合ってるな」
「えへへ、ありがとうございます」
「それにしても、こんな時期に珍しいね。何でまた?」
「あぁ、それは記憶そう…むぐ」
「まぁいろいろ事情があってな」
八左ヱ門に口を塞がれた小春は苦しそうにうなった。その声に慌てて手を離すと、雷蔵に声が届かないところまで彼女を引っ張っていった。そしてできるだけ小声で話す。
「記憶喪失の話は誰にもするな」
「どうしてですか?」
「噂になったり好奇の目で見られるのは嫌だろ?」
「なるほど!」
「あと俺のことは名前じゃなくて「竹谷先輩」って呼んでくれ」
「どうしてですか?」
「…そういうものだからだ」
「…わかりました」
「お待たせしました!」
そう言って何事も無かったかのように戻ってきた小春。明らかに不信な目で見る雷蔵を八左ヱ門は気づかないフリをした。
「ところで小春は何年生に編入したんだ?」
「三年生です。年は13歳らしいのですが忍びとしての経験がないもので」
「らしい?「あー、そろそろ授業始まるぞ!行ったほうがいいんじゃないか?」
「そうですね!じゃあ失礼します、…えっと竹谷せんぱい、不破せんぱい」
「あぁ、またな」
また深くお辞儀をして去っていく小春に、八左ヱ門は手をヒラヒラと振った。
「ねえハチ?何か僕に隠してるでしょう?」
「…何も隠してないぞ?」
「ま、言いたくないならいいけどね」
ハチは嘘が下手だね、雷蔵は柔らかく笑った。
「いい子だね、…ちょっと不思議だけど」
「そうだな」
「昨日編入してなんであんなにハチに懐いているんだい?」
「おつかいの帰りにたまたま忍術学園の前で会って案内したんだよ」
一応嘘は言ってない、八左ヱ門は心の中で決して騙しているわけじゃないと念じた。
***
「うわー…広い」
小春は1人、運動場まで来ていた。くのいち教室へ戻ろうとしたのだが、何を間違ったのかこんなところへ。授業という習慣が無い小春は、鐘の音がしても気にしなかった。
と、歩いていると右足を着けた地面が沈んだ。
「え」
悲鳴にまで達さない短い声を上げ、小春は姿を消した。
「お、落とし穴…」
あまりの驚きに目をぱちくりさせている。
「すごーい!流石忍術学園、落とし穴まであるんですね!」
「落とし穴じゃありませーん。ターコちゃん7号です」
「ふぇ?」
頭の上からする声に気づき見上げてみると、紫色の制服。
「すみませーん、助けてくださいませんか?」
土が顔についたままあどけない笑顔で少年に話しかける。少年は無言で手を差し出した。
「ありがとうございます!…もしかしてこの落とし穴貴方が作ったんですか?」
「…だから蛸壺のターコちゃん7号だってば。」
「最近の落とし穴には名前までついているんですね!」
「…」
ズレまくる会話に、少年は回れ右をした。これ以上会話を続けても埒が明かないからだろう。しかし、小春に呼び止められる。
「あの、私朝霧小春と申します、お名前は?」
「…四年い組、綾部喜八郎」
「綾部先輩、宜しくお願いします!」
小春の差し出した手を喜八郎はしばらく見つめていたが、やはり回れ右をして去っていった。
「…嫌われちゃったのでしょうか」
自分の手を見つめる。穴から這い上がった時についた土で真っ黒だ。
きっとこれの所為ですね、そう思って小春は井戸を探した。
「朝霧、小春」
喜八郎はそう呟いて小さく笑った。
カランコエ -浅黄水仙-
「竹谷先輩!」
「うわ、お前その格好どうした!?」
「井戸は何処にありますか?」
「いや、だからその泥だらけの服は…」
「落とし穴…じゃなかった、ターコちゃん7号に落ちてしまいました!」
「あぁ、なるほどな…ていうかお前授業は…」
「あ」
フリージア・・・あどけなさ、無邪気
10/3/18