虚出現の無いある日の放課後、一護は図書室の隅で本を読んでいた。読書自体は家でも出来るのだが、人目を憚らずとも周囲には分からないこの位置と、放課後特有の静けさが一護は好きだった。
そんな思慕に浸りながら頁を捲る一護の上に教科書がぱん、結構な勢いで落ちてきた。平面だったので痛くはないが、変な呻き声が喉から飛び出した。誰がしたかなど顔を上げずとも分かるので、少し口角を上げつつ再び読書に専念する。


「無視か」
「あと五行だから十数えて待ってろ」
「………。」


ちらりと時計を見、本当に時間を数え始めたと思われる男――、石田雨竜を横に感じながら残りを読み切ろうと視線を活字に移す。生憎速読は得意ではないので、十秒は短かったかもしれない。


「わり、もうちょい…」
「急がなくて良いよ、読み終わるまで待ってる」
「じゃあ此処座っとけ」
「ん、そうさせて貰う」


一護が左に少し寄り、スペースを開けると其処に雨竜がちょこんと腰を下ろす。そのままずるずると一護の肩に寄り掛かり、自らもおもむろに本棚から書籍を引っ張り出し読み始めた。


「…石田さァん、」
「何だ」


曲がりなりにも此処は学校である。普段校内で一護が迫ろうとすると、誰かに見られたらどうするんだと鉄拳制裁を食らわせるような雨竜が、人が少ないとは言えこんな事をするのだろうか。此は夢か何かなのだろうか。ちらりと横目で見れば、タイミング良く目が合った。彼のアパートで良く見る、普段よりも比較的穏やかな表情。


「…ねみぃの?」
「いや、別に」


昨日はちゃんと5時間位寝たし、首を傾げながら思い出すように言葉を紡ぐ。…ちゃんとで5時間睡眠というのも如何なものかと思うが。せめて6時間は寝てくれと言う一護の視線を無視しつつ、雨竜が少しだけ悪戯っぽく微笑った。


「けど君が此処を好きな理由、少しだけ分かった気がするよ」


良いね此処、静かで。くすくすと笑いながら雨竜は本で自分の顔を隠す。――ああ、何時になく大胆な行動をする理由に合点が行った。探知能力に長けている雨竜なら、周囲に人がいれば直ぐに分かる。誰もいないと分かっているのだから遠慮をするのも変な話という訳だ。ただ、人が居らずともここまで甘えてくるのは珍しい。…というか、見られていなければ何をしても良いのか。それじゃあ、と一護がその細腰に腕を回せば無言で手の甲に爪を立てられた。


「ってえなオイ…!」
「馬鹿か君は。こんなの見られたらさすがに言い訳出来ないだろうが」


成程言い訳出来るレベル限定か。そりゃそうだ、もしこれを他人に見られたとしても寝てました、とか具合が良くないとでも言っておけばその場は凌げる。計算高いというか何というか、抜け目が無い。


「つかオメーこんな場所で何してたんだよ」
「僕が校内で何をしようと僕の勝手だろ、見ての通り勉強だよ」


ジャーン、などと効果音が付きそうな具合に、雨竜が先程一護の頭上に落下した教科書を掲げた。ちなみに英語である。


「勉強は家でやる派じゃなかったか?」
「たまには良いかと思って。…まさか君が読書家よろしく本を読んでるなんて思いもしなかった」
「悪かったな」
「? 悪くないよ、意外性があるって言ってるんだ」


むしろ褒めてる、いつもより幾分か柔らかい声音で呟きながらべらりと教科書を捲り始めた雨竜を横目で見つつ、一護が読んでいた本を閉じた。それに気付いた雨竜は不思議そうに首を傾げていて。読み終わったのだから本を閉じるのは普通だと思うのだが、何か疑問があるのだろうか。


「読めた?」
「…から、閉じたんだけどな。」
「、読めるんだ」
「馬鹿にしてるだろ、五行だぞ五行」
「うん、そうだね」
「笑うなよ」
「ごめん」


依然として肩を震わせる雨竜の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すように撫でながら、一護がはたと気付く。


「そういや俺に何か用だったんだろ、どした?」


そう一護に問われた途端、雨竜の動作が止まる。そして先程の様子とは一変して気まずそうに下を向いた。


「…………。」
「…石田?」
「べ、んきょうを教えて貰おうと…」


…おもって。次第にフェードアウトしていく声に耳を傾けつつ、一護が堪えきれず噴き出した。自分より成績が悪い一護に何を訊こうというのか。増してや一護にとって英語は専門外だと雨竜も知っているはずだ。自分でも墓穴を掘ったことに気が付いたらしく、茹で蛸のようになった顔を本を使って隠している。バレバレなのだが。


「いーしーだー」
「あああもう近寄らないでくれ気色悪いっ」
「オメー自分から来たんだろ」
「っうるさい!しょうがないだろう君の頭が視界に入ったんだから!!」
「俺が悪いみたいに改変すんな!」
「もういい帰る!」
「はぁ!?」


言うや否や、雨竜は凄まじい勢いで立ち上がり出口の方へ駆けて行く。荷物は教科書、ノートと筆箱以外持っていない。おそらく教室へ取りに戻るのだろう。雨竜のことだ、人がいない場所では飛簾脚だって使いかねない(するような距離ではないが)。そんな事をされれば生身の一護は彼に追いつくことすら叶わない。それは困る。


「……っ逃がすか石田ァ!!!」


そう叫びながら一護は全速力で本棚の間を擦り抜け、図書室を飛び出した。図書室にはまだ数人生徒が居た上、司書の先生も豆鉄砲を喰らったような表情をしていた為もう此処が憩いの場になることは金輪際無いだろう、さよならオアシス。

嵐が去った後のような状態の図書室に残された生徒達は、何だったのだろうと思いつつも先程の記憶の抹消に努める事にした。覚えていれば明日にでもきっと後悔する、そんな気がして止まなかったのである。





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