五本の指を駆使してずらりと縦に並べられているトランプの束から一枚だけ取り、ぺらり、プラスチックで出来た其れを捲る。絵札を見た途端、雨竜は苦虫を噛み潰して飲み込んだような表情をした。その瞬間、兼ねてからずっと仏頂面だった一護がにやりと笑った。


「石田、ババ取ったなァ?」
「煩い黙れ!…おかしいな、六分の一の確率なのに」


何か細工でもしてるんじゃないのか、悔しそうに唇を噛み締めながらぎろりと此方を睨んでくる雨竜を、さぁななどと言いながら一護がひらりとかわす。
実際一護は何もしていない。これは純粋に雨竜の運が悪いだけなのだ。彼はカードを見切る常套手段として良く知られる、相手の表情を読み取ることを一切しない。一護は別にポーカーフェイスが得意というわけではないので、そうすれば良いカードが当たる確率も少しは確実に上がる筈なのだ。しかし雨竜は一護の顔などには目もくれずに、カードだけを見つめている。その目はスーパーで特売品を見定める時の表情に少し似ている気がすると一護は思った。確か昨日も廉価の鶏肉にするか豚肉にするかで迷っていたのだが、結局どちらにしたのだろう。沈黙が長ければ長い程余計な事を考えてしまうのは人間の悪い癖である。


「…さっさとカード寄越せよ、次俺」
「知ってるよ!ちょっと黙ってろ」
「……出来るだけ早くな。」


うん、と言い終わるや否や雨竜は物凄いスピードで札を切ってゆく。何だその無駄に洗練されたテクニックは。
そんなに負けるのが嫌なのだろうか。ババ抜き如きで、と言うと何故か彼の傍に置かれているグラマーで殴打されるかもしれないが、所詮ババ抜きである。通常大人数で行う筈のこのトランプ遊びを二人きりでするのだから、どちらかが負けるなんて事は明白で。負けた方が勝った方の言う事に一つ従うというベタな条件を出したのもマズかったかもしれない。一護自身としては、特に実力を介さないババ抜きで雨竜に負けたとしても悔しくない訳ではないが、別に構やしないのだ。もし雨竜から命令が下るとしてもそれは常識の範疇内だろうし、譬え自分が勝ったとしても今週末映画を観に行こうとかそういう類のお願いをするつもりだっただけで、(ちなみに料金は自分持ちなので雨竜の財布の都合が悪くても)何ら問題は無い。
しかしこの様子を見る限り、石田は本気で勝ちに来ようとしているのだ。そんな姿勢は健気で可愛らしい筈なのに、凍てついた双眸が全てを台無しにしている。
一護が溜息を吐きながらココアを飲んでいると、雨竜の手の動きが止んだ。同時にす、とカードの束が差し出される。


「――よし、黒崎引いて良いぞ」
「えらく長かったな…、と」


引いたカードはダイヤの2だった。何と言うことはない、至って普通の手札である。自らの手元にもあったダイヤの2を重ねて中央に置いた。


「…気合い入れた割には普通だな」
「ん?ああ、そうだね」
「んだよ」
「いや別に」
「気になるような言い方すんなよ」
「良いからさっさとカードを出せ」


…自分の事を棚に上げすぎではないかこの野郎。盛大に嘆息を漏らしつつ、一護がしぶしぶ自分の手札を広げる。残りは四枚。それを確認した雨竜は、先程とは打って変わり迷うことなく一枚引いた。そして流れ作業のようにペアを重ね、中央に置く。


「…早えじゃねえか」
「さっきのシャッフルで時間を取り過ぎたからね、迅速に済ませようと思って。さ、次君だから」


――早く引いて、雨竜が笑った。











結果、ババ抜き勝負は一護の完敗で幕を閉じた。一時は自らも残り一枚になり勝利を確信した一護だったが、雨竜が出した二枚のカードがそれを許さなかった。幾ら自分の私物と言えど一護にカードの見分けが付くわけはないし、雨竜の表情を探ろうにもお決まりの無表情で全く参考にならない。全く以って駄目だった。
頭を抱える一護を余所に、雨竜は嬉しそうな顔で料理本を読んでいる。鶏肉料理のページを繰り返し見定めていることから、ああ昨日買ったのは鶏肉だったのかと妙に納得した。というか、別に本など読まずともレパートリーは大量にあるだろうに何故今更。ぼんやりとその微笑ましいとも取れる光景を眺めていると、不意に視線が絡まった。


「黒崎、暇なら早くそれを片して玉葱を切ってくれないか」
「目ぇ滲みる」
「君、負けたじゃないか」
「命令ってそれか?思ったより易い…」
「?まさか」


彼曰くこれは『お願い』であって『命令』ではないらしい。まあ玉葱切るくらいはな、むしろ一から十までしてもらうのは一護の性に合わない。そう納得し、トランプを纏めてケースに詰め終えると一護は立ち上がり冷蔵庫から玉葱を取り出した。すると背後から小さいのを二玉切れと司令官からのお達しが。従順に返事をして振り返れば当然だが雨竜がいた。どうやら様子を見に来たらしく、ボウルに入れた鞘豌豆を右手に持っている。


「なあ」
「何」
「トランプ、仕込んだろ」
「人聞きが悪い事を言わないで貰えるかな。」
「否定しねえのな」


そうからかうように言えば、むうと雨竜が顰め面をした。図星である。


「……僕が長くシャッフルしてた時間があっただろう?」
「つっても1分位だったけどな」
「あの時、ジョーカーの汚れ具合を見て覚えたんだ。そうすればそれ以外のカードはジョーカーでないと分かるからね、…万が一君にジョーカーが渡ったとしても問題無いだろう?」


鞘豌豆の筋を取り除きながら淡々と説明する雨竜に、マスクを装着して玉葱を切りながら一護がふむふむと頷く。確かに、一護が手札を見せないようにカードを掲げていてもジョーカー以外を取れば雨竜が負けることは無いに等しい。戦術としては大いにアリなのだろう、がしかし。


「ズルじゃねえの、それ」
「失礼な事を言うな、ルールを違反していないんだから問題無いよ。神経衰弱する時だって使うだろう?」
「あー暗記系強そうだもんなオメー、って違う!」
「何にしろ僕が勝ったんだから、ね?」


つまりは言う事を聞け、そういう事らしい。悪巧みをしている表情ですら可愛らしいとはどういうことか。自分の視界には石田フィルターでも掛かっているのか。ここまで来るとそろそろ末期である。


「ああもう!良いぜ何でも言え!」
「あ、良いんだ?特に命令なんて無いんだけど。思い付かないし」
「元々負けたら何でも聞く心算だったんだよ、映画館デートでも何でも叶えてやるからさっさと言え」
「それ只の君の願望じゃないか」


ま、別に良いんだけど。どうでも良さげに呟きながら呆れ顔で溜息を吐き、雨竜は鞘豌豆の筋を取る作業に戻っていった。その姿を見つめていると心無しか視界がぼやけてきている気がするのだがこれはきっと玉葱の所為だろう。こんな事で泣くなんて、いつから自分はこんなにも打たれ弱くなってしまったのだろうと一護は心中密かに嘆いたのだった。


――後日、雨竜から自分を映画に誘うよう命令されるのだが、それはまた別の話。





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