どれ程の時間、この寒空の下二人でこうしているのだろう。互いに深く合わせた唇は離れようする度名残惜しそうに、執拗に舌を絡み付かせる。雪が降っているのに、口内にだけ体温が宿っているようだ。ゆらりと微睡んだ意識の中、ずっと瞑っていたままだった瞳を微かに開く。そして少しだけ目を見開いた。
…雪解け水か、錯覚か。普段気丈に振る舞っている筈のその頬は、確かに濡れていた。どうして泣いているのか、なんて事は訊かない。代わりに舌で舐め取ってやる。少しだけ塩の味がした。


「…泣くなよ」


そう言うと石田が癪に障ったような表情をし、無言でポケットからハンカチを取り出して俺の顔を乱暴に拭いた。痛い痛いと喚いている最中視界にちらつく白いハンカチは、当に石田雨竜と言う感じがした。


「君だって泣いてるよ、黒崎」


そんな馬鹿な、確認するように目尻を擦ればぽろりと水が落ちる。
止まってくれる気配は無い。そんな俺を見かねた石田が馬鹿だな、なんて言いながら俺の肩口に頭を寄せる。何だか不思議な感覚だ。出逢った時にはまだ二人の身長差なんて差ほど存在しなかったのに。


「…三年、だよ。」


思考を読み取ったかのようなタイミングで石田がぽつりと呟いた。


「色々あった、よね」
「……ああ」
「…鼻声、格好悪い。いい加減泣き止めよ」
「変な言い掛かりすんな、寒いんだよ」


寒い、ねえ。真白に染まった空間にくすくすと上品な笑い声が木霊する。自分よりも基礎体温が遙かに低いこの男が、寒さに震えていないはずがない。思った通りのことを口にすれば、君の懐に納まっているから今は寒くないなんてらしくも無い返事が返ってきた。どうしてこんな時に限って素直なのだろう。もう暫くの間会う事も無いから天の邪鬼は控えよう、そんな魂胆だろうか。
先程石田が言ったように三年間俺達は一緒にいたが、何時まで経っても此奴の考えが分からない時がある。今もそうだ。単純なのかと思えば急に靄が掛かったかのようになってしまう。俺はそれがとても嫌だった。傍にいるのに何も理解出来ない自分が腹立たしかった。石田は泣いていて、俺だって号泣するかのような勢いで、互いに悲しいという事だけが今俺にも理解可能な範疇の真実である。


「…石田。」
「うん」
「四年ってさ、長えよな」


瞬間、石田の肩がびくりと強ばった。そう、俺達が一緒にいたのは三年間で、つまり今まで過ごして来た以上の時間を離れて過ごす事になる。


「今の僕らにとっては長いだろうね」
「ばーか、実際長えよ」
「君にそう言われると不愉快だ」
「ん、悪ぃ」
「優しいのも気味が悪いね」
「どっちだよ」
「普段の君が一番かな」
「じゃあオメーも変に素直なの止めろ。落ち着かねえから」


うん、ごめんと石田が微笑む。だからそれを止めろと言っているのに。腰に回した両腕にぐ、と力が込もった。


「黒崎」
「…何だよ」
「……良いよ、待ってる」


いつの間にか肩から顔を離した石田は、少しだけ腫れた赤い瞳で真っ直ぐ此方を見つめていた。本当は、石田が行かないでくれと冗談でもそう言えばすっぱりとキャンセルをするつもりだったのだ(此奴の冗談は何時だって真剣そのものなのだから)。向こうも期間が期間なので、無理にとは言ってこなかった。


「…四年だぞ?」
「待てるさ、馬鹿にしないでくれ。」
「休みにだって帰って来れねえだろうし」
「だから待つと言っているだろう。分かったならさっさと涙腺を引き締めろ、不思議の国のアリスじゃあないんだから。涙で海を作る気かい?」
「アリ…ッ無えよ!」


つい怒鳴ると、驚いた石田が口を押さえながらふいと背を向けた。何を、と思ったが小刻みに肩を振るわせているのを見て笑っているのだと合点が行く。全く以て失礼だ。一頻り笑った後、石田は俺をじい、と見て眉間に皺を寄せた。


「勿論浮気は禁止だから」
「する訳無えだろ」
「言ってみただけだよ」


その割に眉間の皺が三割り増しである。ほらな、此奴の冗談は何時だって真剣なんだ。


「それじゃあ、いってらっしゃい。」

「―――いってきます。」


涙は、とうに引いていた。





 
 

 
 
何処かに留学予定の黒崎君と待ってるよな石田君

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