かっちゃんと近所のお姉さん
「かっちゃん、またいずちゃんのこと虐めたでしょ」
かっちゃん専用のマグカップにカフェオレを注ぎながらそう聞くと、「うっせー」と怒られた。なんで私が怒られるのかなぁ…高校生になったばかりだと言っても、もう社会人に一歩近付いたんだからもう少し大人になってもらわないと、困るのは自分だというのに。お姉さんは心配だよ。
「あのねーいずちゃん可哀想でしょ?ホントにいい加減にしなさい、そういうのは」
「あのクソナードもガキじゃねぇんだ、自分の身くらい自分で守ンだろ」
「いやそういう問題じゃないでしょ…大人になりなよもー」
「説教ばっかしてっとババァになんぞ」
「っな、この、ックソガキ…!」
ブラックにしてやればよかった。
私の方が歳上、ババァじゃなくてお姉さんなんだから、と自分を諌める。うん落ち着いてなまえ。かっちゃんはこういう子だから、うん。
自分の分のコーヒーと共にカフェオレを持つ。ソファの後ろからかっちゃんに「どーぞクソガキ」と手渡すと「遅ぇよババァ」やったろかこのガキ。
三人がけのソファに隣に座る。かっちゃん、足閉じて欲しいな。
「ていうか普通に考えて虐めはだめでしょ」
「……」
「だいたいいずちゃんをクソナードなんてかわいそ、」
「うっせーなしつけーんだよ!!」
説教が過ぎたのか、かっちゃんはマグカップを強くテーブルに置いた。もう、ちょっと零れたじゃん。
ティッシュを一枚取って水滴を拭く。
「もー拗ねないの。子供じゃないんでしょ?」
笑い交じりにそういうと、本当に怒ってるらしく私を無視して窓の外を見ている。こういうときのかっちゃんちょっと扱いにくいんだよなーどうしよっかな。
「機嫌直してよ、ほらこちょこちょー!」
「ってめ、やめろ!」
「はは、虐めてやる!」
「…バカなまえ!」
「えっ、なに、」
擽っていた手を掴まれ、ドンと押されて倒れる。ソファだから良かったものの、なんてよくわからないことを考えてしまうくらいに混乱している。だって、私、いま、かっちゃんに、押し倒され、て、ます。
「かっちゃん、これはやばいって」
「勝己」
スッと冷静なかっちゃんの瞳に捉えられる。なんだろう、この瞳、知らない。かっちゃんじゃないみたい。かっちゃんがすごい短気だけど元は冷静な人だっていうのは知ってる。でも、それを抜きにしても、私はこのかっちゃんを知らない。
「かっちゃんじゃない、勝己だ」
「え?えっ…か、かつ…き?」
「それにテメーアホだから教えてやるけどな、男といる時に他のモブの話すんじゃねーよ」
「ちょ、ちょっと待って、かっちゃん?どうしたの?」
「勝己だっつってんだろクソなまえ」
「次それで呼んだらキスする」と宣言されて戸惑いが生じる。なに、なになになに、この展開。
「かっちゃ…か、勝己、落ち着きなさい、気の迷いはおこしちゃいけない」
私の一言がまた癪に触ってしまったらしい。「気の、迷い…だぁ?」先ほどの冷静な瞳とは打って変わって今度はキレてる時のかっちゃん。なんだろうこっちの方がしっくりくるというか落ち着く。いや、落ち着いてはいられない、かっちゃんの(恐らく)初めてを一時の迷いで私に捧げてはいけないよ。
「なんで俺が没個性のテメーと一緒にいてやってると思ってんだ!なんでほぼ毎日来てやってるか、専用のカップ置かせたりしてるか、分かるか!?」
「…わ、わからない、かな」
ずっと腕を頭の上でまとめられたままなので腕が痺れてきた。あはは、と愛想笑いするとかっちゃんが「だろうなァ」と悪い笑みを浮かべた。
「教えてやるよ、直々にな」
大人になりなさいなんて言ったけど、ウソ、まだ子供のままでいてください、かっちゃん。