トリップ先がモブサイだったら

「では悪魔に取り憑かれてるので祓ってほしいということでよろしいですね?」

「いえ、私が悪魔なんです。元の世界に帰りたくて……」

私がそう言うと、目の前のお兄さんはメモを取っていた紙から顔を上げて私を凝視してきた。

ある日突然、メフィスト様が現れて「物質界に似てる世界を見つけたので調査してきなさい」と謎のゲートに押し込められ、気付いたら私はここ、調味市に来ていた。職権乱用の範疇を大幅に超えてる。
いきなりのこと過ぎて絶望感を味わいながら手探りで情報収集をしていた時。私の目に飛び込んできた「霊とか相談所」という看板。きっとここなら私を助けてくれるんじゃないかと期待して足を踏み入れた。だって霊とかって書いてあるし悪魔も対象内だよね!
そして意気揚々と目の前のお兄さんことレーゲンアラタカさんに相談したのだ。

「……あーなるほど。時々いらっしゃるんですよそういうお客さん。ですがウチは魔王とか堕天使とか目が疼くとかは専門外なんですよねぇ」

メモを取るのをやめて苦々しげに言うレーゲンさんに「いや、魔王じゃなくて悪魔です」と訂正する。
私の顔をじーっと見てくるレーゲンさん。なんて真剣なんだ……!きっとこの人なら私を助けてくれる!

「はいはい悪魔ね。まぁ一応お祓いコースありますけど、どれにします?」

「祓われちゃうんですか!?」

「ええそりゃね。お客さん相当重症ですよ。早く祓った方がいい。今なら全コースにありがたいお説法をおつけします」

この人祓魔師だったの!?
突然のお祓い宣言に体を固まらせた。

「ま、まだ死にたくないです……」

「そうは言ってもね。早く祓わないと社会的にも黒歴史的にも手遅れになりますよ。お客さんいまいくつ?」

「自分の歳は数えたことないです……」

「あーもう手遅れだったか。早速お手軽Aコースに取り掛かりますよ」

は、祓われたくない!と泣きながら首を振って逃げようとすると、私の手首を掴んで「今やらないと死んでしまうぞ!」と迫真的に言われる。なんて真剣なんだ……私は祓われた方がいいのか……!?

その時。ガチャリと相談所の扉が開かれ、おかっぱの男の子が入室してきた。
男の子は私とレーゲンさんを静かに見比べ、おずおずと携帯を取り出す。

「師匠、こういう時は通報すべきなんでしょうか……」

「ご、誤解だモブ!!!」

レーゲンさんは私の手首を離し、モブと呼んだ男の子に歩み寄って「やめろ、俺をそんな目で見るな、誤解なんだ!」と声を荒げた。

「と、とりあえずモブはお茶を淹れてこい。昆布茶の方な。あ、昆布茶は清めの効果もありましてね。落ち着…悪魔が祓いやすくなります」

「じゃあ飲みたくないです……」

「お客さん、俺は貴方のために言ってるんですよ。これ以上未来の自分を傷つけないであげてください」

声を固くして諭してくるレーゲンさん。流石に祓われたくないからどうやって逃げよう……と模索していると、先程の男の子……モブくんがお茶を出してくれる。

「あの……どんな依頼内容なんですか?」

「ああ、悪魔を祓ってほしいらしい」

「違います!元の世界に帰りたいんです!」

「こうは言ってるがな、取り憑かれてるんだ。その証拠に自覚症状がない。本来は専門外なんだがな……お祓いをする」

私の言葉は丸切り無視され、話が進んでいく。そんな……とんでもないところに足を踏み入れてしまったようだ……メフィスト様を恨んで死んでやる……!
その時、モブくんが感心したように「すごいですね師匠」と言った。

「悪魔も祓えるんですね」

「……ん?分かるだろモブ、この人は……」

「はい。悪魔なんですよね。どうりでおかしいと思った。人間でも悪霊でもない気配がしてたから」

私をまじまじと見てくるモブくんに、気恥ずかしくて目を逸らす。
目線の先には顎に手を添えて何やら考え更けてるレーゲンさんがいた。そして窺うように私に目線を寄越してくる。何を言われるんだ!?と身を固くした。

「お客さん……悪霊とか祓えたりする?」

「え?あ、はい…大体は」

「なるほど。……やはり悪魔のことは専門外で解決できそうにありません」

「そ、そうですか……そうですよね……ありがとうございました……ぐすっ」

「なのでお客さんの言う通り元の世界に帰れる術を共に探してみましょう」

「え!?ほ、本当ですか!?」

「ええ。……長丁場になると思います。覚悟はありますか?」

雰囲気を重くして問うてくるレーゲンさんを見て、拳をぎゅっと握り締める。どんなに長くなっても良い……私は元の世界へ帰るんだ!そしてメフィスト様を一発殴ってやるんだ!あのクソ野郎!!

「はい!頑張ります!」

「そうしたらウチの事務所で寝泊まりすると良い。変化にも気付きやすいですからね」

「至れり尽くせり!良いんですか……!?」

「ええ」

にっこりと笑って返事をされ、思わず私も笑みがこぼれる。なんて優しい人間なんだ!
宿をゲットしたので最低限これでやっていけるだろう。「師匠、悪い顔してます」「気のせいだ」と喋っている彼らに「ありがとうございます!」と声をかけた。

「ですがあの……私……お金とかなくて……」

「ほぉ!それは困りましたねぇこちらも一応商売なのでねぇそれだと帰る術を探すこともできませんねぇ」

「あ、あの、私にやれることなら何でもやるので……」

「いやいやそんな〜お客様に手伝いなんて
そんなことさせられませんよ〜週5でどうですか?」

「いけます!よろしくお願いします!」

「契約成立だぜモブ!」

「もしかして師匠、狙ってましたよね」

私にもできることがあった!と鼻息荒く喜んでいると、レーゲンさんとモブくんが部屋の隅でこそこそと話していた。
その時、視界にふよふよ漂う緑色が入ってくる。よし、手始めにこの浮遊霊を払ってやろう!緑色の触覚を鷲掴みにして「挨拶代わりにこれ消しますね!」とレーゲンさん達に言うと「挨拶代わりに消すんじゃねェ!」と緑色に怒られてしまった。せ、正論だ……

「おいシゲオ!なんなんだこの女……いや……もはや女なのか……?」

「失礼だよエクボ」

立派な女の子でしょうがぁ!!
私の手から逃れてモブくんの後ろへ隠れた緑色。肩口から窺うように私を見てくる。この野郎絶対許さないからな!

「今日から新しく加わる従業員の……」

「なまえです!」

「なまえ、さん。えっと……僕は影山茂夫です。よろしくお願いします」

「チッ厄介な奴引き込みやがって……俺様のことはエクボ様と呼べ」

「で、俺が世紀の天才霊能力者、霊幻新隆だ。よろしくな新人」

差し出された手をぎゅっと握り返す。
衣食住の住を提供してもらえた。この大恩を返しながら元の世界へ帰れるように頑張るぞー!オー!握った手をぶんぶん振ったら「痛ェよバカか!!」とゲンコツを食らった。この既視感、なんだろう。




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