LHRが終わり、教室には帰り仕度をする人、急いで部活へ向かう人、友達と楽しそうに帰る人、様々な人で溢れている。
私の隣に座る彼、仁王雅治はその中でも、急いで部活へ向かうべき人に分類される。分類される…のに、机に項垂れて動こうとしていない。
少し観察してみるが、本当に動かない。
もしや寝てるの?副部長の真田くんは遅刻に厳しいとぼやいてるのを聞いたことがある。怒られると可哀想だ、起こしてげようか。
揺すろうとして手を伸ばした瞬間、俯いていた顔がくるっとこっちを向いて、驚く。なに、気配を感じ取ったの?こわい!
すると仁王は「ミョウジー……」と元気の無い声を絞り出したので反射的に「なに?」と返事をする。
「元気が出ん……」
「具合悪いの?大丈夫?さっきの体育元気にバスケしてたのに」
「悪くない……でも……」
「うん」
「髪ゴム切れた……」
「……え?うん。……え?それで元気ないの?」
「うん」
たしかに、見てみるといつもは1つにまとまってる後ろ髪が流れていた。気付かなかった。なんだか雰囲気が違く見えるが、それは普段しないような切ない表情をしているからというのもあるんだろう。
「ゴム切れて元気出ないってどういう仕組みなの」
「そういう仕組みなんじゃ俺は。繊細だから」
「焼肉弁当食べてた人がよく言うわ」
「それはそれ。これはこれ。なぁゴム持ってない?」
「私結ばないし……あ、まって」
無いと分かりながらもスクバを漁ると、カラフルなプラスチックが覗いた。
先週、姪っ子が遊びに来た時に家に忘れていったおもちゃ達を届けるようにお母さんから言伝されていたのを思い出した。バッグの底からはビーズで作った腕輪やお菓子のおまけのネックレス、お子様ランチでもらったリングなどが入った袋の中からピンク色のゴムを取り出す。どうせ明日返してもらえばいいだろう。
「仁王、結んであげるからあっち向いて」
「…えっむ、結んでくれるん」
「うん。ほら」
「ありがと…」
素直に背中を向けた仁王に若干ニヤつきながらも銀色の髪の束に指を通す。
「さらさらじゃん!」と褒めれば「て、手入れしとるから」と耳を赤くした。いつもなら「羨ましいじゃろ」とか言いそうなのに存外に素直に返されてしまったため、なんだか調子が狂う。心なしかそわそわしてるような気がして、まぁ男子は人に結ばれるってそんな
体験しないもんね早く済ませようと結論づけて髪をゴムで縛った。
「はい、おわり」
「おん、ありがとな……」
「結んだのに元気ないままじゃん」
「元気ないのとは違う、これは……これじゃ」
「いやどれ」
変な仁王に思わず笑えば、仁王もニヤッと笑った。あ、いつも通りに戻った。
「じゃあ部活行ってくるぜよ」
「うん、がんばー」
テニスバッグを肩に担いだ仁王に手を振り、扉へ向かっていく後ろ姿を見送った。尻尾の付け根には大ぶりのプラスチック製のいちごが二つ。丸井辺りに突っ込まれて不機嫌になるであろう仁王を思い浮かべてにやける頬を抑え、私も帰り支度を始めた。