欲しいものは必ず手に入れたい派の末っ子焦凍くん


ガラガラと、バランスを崩して落ちる瓦礫を見ていた。
私の目の前にあるコンクリートの塊の正体は、元ヒーロー事務所である。私の。私の事務所。

現No.1ヒーロー、エンデヴァーさんの事務所にサイドキック入りして数年。やっとの思いで独立し、建てた事務所。ここからスタートしてたくさんの人を助けるんだ!と息巻いていたが、瓦礫と化してしまった今、人々の往来を邪魔する障害物でしかない。

「また壊れたんだ、このヒーロー事務所…」

ふと聞こえた声に心が軋んだ。
そう、また、だ。またというか、いつも、だ。
この近辺で敵が現れると、私はもちろん出現場所に向かう。だが戦闘中にいつの間にかうちの事務所の近くまで来ていて、いつの間にか事務所が壊れてる。これ、もうすでに4度目の出来事だ。心の折れる音がした。
被害がうちの事務所だけ、というのは良いのだけど、瓦礫共は撤去に時間がかかる。業者の方にも迷惑はかかるし近隣の住民の方々からはクレームがくるし、再興にもお金がかかる。色々とかかりっぱなしだ。
独立はもうやめてサイドキックに戻ろうかな。ああでもこんな現状、エンデヴァーさんに知られたらどうなることか。焼き殺される気がする。冗談抜きで。
サイドキックは諦めよう。怒られたくない。
もう、なんなら辞めてしまおうか…なんて。
センチメンタルな気持ちになりながらも瓦礫の撤去を業者に頼み、休憩のため自販機で飲み物を見る。
住民の方々や業者の方に迷惑をかける私よりも、ただ設置されてるだけの自販機の方が、世の中のタメになってる気がする。また心の折れる音がした。

「なまえさん」

後ろから本名を呼ばれて振り返る。
そこに立っていたのはかつての上司のご子息…もとい最近ヒーローデビューを果たした若手実力派ヒーロー、轟焦凍くんだった。

「焦凍くん!?」

「お久しぶりです」

お辞儀をした紅白頭を見ながら何用か考える。
焦凍くんとは彼が高校1年生の時、職場体験でエンデヴァーヒーロー事務所に来た際に出会った。職場体験は1週間ほどだったし、ヒーロー殺しの事件もあった。まだ齢15、16歳の子供が巻き込まれるには酷な事件だっただろうと励ましの気持ちで話しかけていたのだが、それ以降、なんとなく懐かれていた。(これに関してショート患いだったエンデヴァーさんと一悶着あったがそれは割愛)
しかし、当時の私は励ましと言えど改造人間と対峙してステインに慄き、疲労困憊だったので何て声をかけたかも覚えていない。そのため焦凍くんからの眼差しに後ろめたさを感じていて……率直に言うと苦手なのだ。

「なんでここに……?あ、何飲みたい?」

「いえ、結構です。偶然近くに居たんですが、騒ぎを聞いて寄ってみたらなまえさんがいました」

「あ、そうなの……。……見た?」

「木っ端微塵になった事務所ですか?」

本日3度目の心の折れる音を聞いた。
素直な言葉に苦笑いを返し、「先輩として情けないよ」と言うと「いえ、参考になります」と言われた。そうだね、木っ端微塵にならない事務所を建てなね。

「もう4回目ですね」

「えっなんで知ってるの……」

「いつもネットニュースに載ってるんで」

そう言って見せてくれたスマホには「敵逮捕、被害はヒーロー事務所のみ」との見出しで破壊されたうちの事務所が載っていた。記者さん、事件を記事にしなさい、事務所の破壊なんか放っといてくれ!

「何度やられても諦めないんですね」

「そりゃ、ねぇ……サイドキックいなくても小さくてもよく破壊されても、そこにヒーローがいるってだけで抑止力になるからね……」

「裏の通りに新しいヒーロー事務所が建つらしいですよ」

「えっそうなの?」

言外にもう辞めろって言われてるのかな?
焦凍くんの言いたいことを図りかねて悩んでいると、ハッキリ「もう諦めた方がいいんじゃないですか」と言われた。
実力は私より上だろうが、歳下の男の子に言われると素直に傷つく。まぁ、そうだよね、どんだけ諦め悪いんだこのおばさんって思われるよね。

「そうは言ってもね…仮にもヒーローだし、敵がいなくなるまで諦められないよ……」

「無理に独立しなくてもいいんじゃないですか。サイドキックで活動していくとか」

「エンデヴァーさんのとこ戻るなんて無理無理!こんなの知られたら殺されるって!」

「違う。親父じゃなくて、俺の。俺のサイドキックになればいい」

「…………、……はい?」

「今度独立するんです、俺。申請中なんで、まだサイドキックもいない。もし親父のとこで経験積んでるなまえさんがサイドキックやってくれたら、すげえ助かる。俺となまえさんの"個性"も相性良いし、例えば今回みたいな住宅地での事件でももっと人命救助できるように、」

「ちょ、待って待って驚きでついていけない」

まず、え?まだ卒業して1年も経ってないのに独立?時期尚早すぎない?いやでも、エンデヴァーさんの上位互換の"個性"を持って学生の頃からプロ顔負けの活躍をしていた彼なら納得もできる。
いやでも、何故私に声をかけたの?たしかに経験値とかは上だろうけど、サポート面を考えても私よりもっと適任がいるだろう。

「俺の、サイドキックに、なってくれませんか」

「そんな急に言われてもな……」

「事務所もう無いんだからいいじゃないですか」

「結構サラッと言ってくれるね焦凍くん」

「俺を助けると思って……だめですか」

缶コーヒーを持った手が焦凍くんの両手に包まれる。懇願してくる姿に、私より身長は高いはずなのに子犬の姿が重なった。
う、うーん……あざとい……でも様になってるのがすごい。流石イケメン。

「……わかったよ。私でよければ。役不足な気もするけど」

「!本当ですか。……すげえ嬉しい、です」

小さく微笑む焦凍くんの表情は然程変わらないのに、先程と打って変わって彼の後ろにはお花が舞ってる気がして、枯れたおばさんの胸がキュンっと鳴った。
年甲斐もなくこの胸は……!

「そしたら私は役所に行って手続きして書類揃えて……色々やらなきゃなぁ……」

「先ずは瓦礫の処理ですね」

「そうだね。じゃあ、私は業者さんのとこ行くから」

「はい。また後で連絡します」

「うん、じゃあね」

事務所の跡地へ向かうために焦凍くんを抜かした。

「よかった、俺、……」

「…え?ごめん、聞こえなかった」

「いえ、独り言です」

今度こそ焦凍くんと別れ、数メートル歩いたところで後ろを振り返る。
両手をポケットに入れて離れていく後ろ姿を確認し、ゾゾーッと鳥肌の止まらない体を抱きしめる。
思い返せば事務所が破壊されること4回。4回とも大なり小なり火事が起こっていた。なるほど、そういうことか。
やっぱりエンデヴァーさんに土下座してサイドキックに戻してもらおう、と心に決め、事務所の跡地へと足を急がせた。



「上手に壊すの、苦手だから」




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