「そうか。おまえは嫌な奴なのか」
「っ!?」
誰もいない教室。俺だけが聞いていると思っていた独り言に返って来た声。
突然すぎるソレに驚いて顔を上げた俺は、声を聞こえた方に人を探した。
でも誰もいない。
けど聞こえた。
心臓が嫌な音を立てる。よくない音だ。
苦しくなる胸を抑え誤魔化して、深呼吸をしてから口を開いた。
「誰」
「ん?あぁ…そっからじゃ見えないか」
教室の後ろの方、俺の居る場所からは死角になっていた床から一人の男子生徒が立ち上がった。
真っ黒で長めの髪を後ろに流した、制服の似合わない男。
や、似合うっちゃ似合うんだけど、制服よりスーツのが似合うっつーか高校生っぽくないっつーか。
「金城先輩…」
「何、俺の事を知ってるのか」
校内で知らない人居ないと思うけど、って言葉はギリ飲み込めた。
金城先輩と言えば、月並みな説明で申し訳ないけど、不良で有名だ。
内容としては一般的な不良像を想像してもらえば事足りると思う。実際目の前に居る先輩の顔には傷があるし、痣もあるし。うわ、口元切れてるよ。刺身食う時痛いだろうなぁ…。
まぁ不良ってだけなら他にもウヨウヨいるんだけどさ。
肝心なのはそこじゃなくて。
すっげー嫌われてんだよ、この人。
先生を始め学校内の生徒にも。
男子はともかく、滅茶苦茶かっこいーんだから女子には好かれそうなもんなのに。
噂では暴力が半端ないとか、性格が自己中すぎるとか、そんな感じ。悪い噂しか聞かないけど。
「で?嫌な奴なの?お前」
「なりつつある、の間違いだし」
「お、偉そうだな下級生」
黒い瞳が細まる。
怒らせたかなって思ったけど、別に気にならなかった。
殴られた位じゃ死なないし、どうせほっといても死ぬんだし。
けど、想像と違って先輩は何も言わず、ポケットの煙草を取り出しただけだった。
「あ、煙草」
「あ?文句あんのか」
「別にない。俺の周り誰も吸わねーから、吸うトコ見んの初めてなだけ」
「ふぅん…吸うか?」
「いらない、死ぬから」
そう言うと、先輩は怪訝な顔をして手を止めた。煙草を口に銜えたままこちらへと向かってくる。
って近くくんなよ。煙ダメだって言われてんのに。何でダメかは知んねーけどさ。
「煙草くらいじゃ死なねえよ、吸ってみ?」
「だからいらないって」
「そんなナリして真面目ちゃんかよ」
カチンときた。
「仕方ねーだろ病院のセンセ、キレたら怖ぇんだから!」
言ってから失言に気付く、俺馬鹿。
パチリと目を瞬いた先輩は、外見に似合わない仕草で首を傾げた。もうヤダ。
「お前病気?」
「…だったら何だ」
ここで俺を労ってみろ、今すぐ教師呼んで来てやる。
堂々としてっけど一応未成年なんだからな!退学にでもなっちまえ!
そう念を込めて睨む。
「何の病気?」
「心臓」
「治んのか?」
「無理じゃね?」
「へぇ、お前死んじまうのか」
「何なのアンタ」
先輩は関心したような顔をして腕を組んだ。
心配されるのもヤだけどこれはこれで反応に困る。
でも何でか、嫌な気にはならなかった。
「お前さ、水上だろ?」
「は?何で俺の名前知ってんの」
「そりゃ毎日ここでピアノに座ってたら気になって調べるだろ」
「俺どっからツッコメばいい?」
「流しとけ」
つまりはあれか。俺が毎日ここでサボってる間先輩もあそこで寝てたのか。
毎日俺の独り言聞かれてたのか。
もう今すぐ死にたい。切実に。
つか調べるなよ。
「いつ弾くかなって割と楽しみにしてたんだけどな」
「弾かねぇよ」
「死ぬから?」
「…もう、わかんね」
きっかけはそうだけど、今となってはただの意地のような気がする。弾いたら、死ぬ事を受け入れたみたいで気に入らない。
や、受け入れよいが入れまいが死ぬんだけど。
「じゃあさ」
いつの間にか煙草を仕舞い込んだ先輩が、ピアノに肘をついてこちらを見た。
差し込む太陽のせいで、舞う誇りがやけに神秘的に見える。
その真ん中に立つ先輩の存在が神秘的に思えた俺の目は、既に腐り始めてんだと思う。
「俺の心臓やるよ」
馬鹿じゃねーのコイツ。
ドナー登録してから出直して来いよ。そもそも血液型合わなかったらどーすんの。
クサイんだよ気障野郎。
「うん」
久しぶりに笑って、頷いた。
俺も相当馬鹿だな。