馬鹿、不平等、理不尽、悪魔、役立たず、シネ

どんな罵倒を並べ立てても、あんたにはまだ言い足りねぇよ。

神様。


【心臓、あげる】



手始めに黒かった髪を汚い金髪に染めた。
艶のなくなったそれを見て両親は驚いたように狼狽えた。

それから制服を着崩して着るようになった。
小さな頃から馴染みだった家政婦のおばちゃんが悲しげな顔をした。

調子に乗ってピアスを開けてやった。
掛かり付けの医師にすっげー怒られた。

天才児とまで言われたピアノを弾かなくなった。

皆が哀しい目で俺を見た。

でも誰もそれを止めなかった。好きにさせてあげたい、と。
反吐が出る。
優しくされたいなんて望んでない。腫れ物を触るみたいに扱われたくない。

ただ普通に接してほしかった。昔みたいに。

だって、俺はまだ生きてる。
生きてるんだ。

まだ心臓はちゃんと動いてる。
生きてるんだって、わかってほしかった。

死ぬ事を憂うんじゃなくて、生きてる事を喜んでほしかった。
それだけ。


「よっこらせっと」

染み付いた習慣なんてものは中々消えないもんで、弾かないと決めた今でもピアノの前は俺の唯一落ち着く場所だった。
ピアノは俺を急かさない。求めない。ただそこにあるだけで、何も言わない。

そんな存在が恋しくて、午後の授業はずっとフケて使われていない音楽室のピアノの前に座っていた。

家のはダメ。座ってるのを見た使用人が嬉しそうにするから。
弾くのか、と期待を込めた眼差しは俺の自尊心ってやつを粉々にする。その期待に応えてやりたい、けど。語り草にされるのはゴメンだった。


グラウンドから体育の授業に励む若々しい声が聞こえる。
ピーっと笛の音が鳴って、かけ声が揃った。
ピアノにもたれて目を瞑る。
体温を持たない冷たい感触が心地いい。

最後にあぁして体育の授業を受けた記憶はいつだったか。もう思い出せない。
羨ましいとは思う。疎ましいとも思うけれど。

「ハハ…俺って嫌な奴になりつつあるーぅ…」

乾いた笑いは静かな教室に響いて消えた。誰に聞かれるでもなく。

こうやって、出来ればピアノの傍で死んでいきたい。
情けない泣き言を最後の最後で呟いて、あぁそうだ最期なら少しでいいからピアノの鍵盤に指を乗せたい。音を感じたい。
病院なんかゴメンだ。

そう思っていたし、実際そうなるんだろうと思っていた。



ホントに、そう思ってたんだ。
アンタと会うまでは。

でも今はこうも思う。

きっとアンタは俺を一人になんてしてくれないよなって。
だから、ピアノなんかより、アンタの傍で死ねたらいいなって、思うよ。

笑わないでくれよな。
きっときっと、恥ずかしくて死んじまうからさ。