どれくらいそうして抱き合っていただろうか。

道行く人が驚いたように横目で見ても、物珍しそうに好奇の視線を寄越されても二人は離れようとしなかった。

「も、平気だから」

俯いたまま荒輝の肩口に顔を埋めていた静貴は、そっと目の前の逞しい胸を押した。

自分の目が当たっていたであろう所を見ると、驚く程荒輝のシャツが濡れてしまっていて、静貴は情けなさで頬を赤く染めた。

「わ…悪い、肩…」
「構わない」

荒輝の指先が、労るように静貴の目元に触れた。
拭う為に寄越された指先は、けれど役目を果たす事はなく。

返事を返してくれる。
自分を真っ直ぐ見てくれる。
荒輝が、自分に、触れている。

それだけで、止まっていたはずの涙は湧き上がるかの如く零れ落ちていく。

「泣くな。俺が全部悪いんだ、浮気だって、」
「知ってる。…香織さんが、来たんだ」
「香織が…!?」

驚いたように眉を潜める荒輝に苦笑いを返し、静貴は穏やかな表情で口を開いた。

「全部、聞いたんだ。…香織さん、俺より泣いてた」
「…そうだったのか」
「荒輝……俺こそ、ごめんな」
「何を言う」

荒輝の大きな手のひらが静貴の後頭部を引き寄せる。
ポスンと胸元に舞い戻った静貴を抱きしめて、荒輝は鼻先をこそばゆい感触の髪に埋めた。

「浮気したのは事実だ。それに関しての償いは何でもする」

あぁ、夢みたいだ。
静貴は久しい荒輝の香りに酔ったように薄く目を開いた。
緩く腕を掴めば、指を絡ませて握り直された手の平が愛おしい。

「じゃあ、ずっと俺しか見んな」
「あぁ」
「夜、また俺と一緒に寝てよ」
「こっちから頼みたいくらいだ」

髪に頬擦りされる感覚がくすぐったいのか、静貴がクスクスと笑う。
何度も手を握り直して、胸板にこれでもかと頭を押し付ける。

「1ヶ月はセックス禁止」
「……………あぁ」
「ただいまって言ったら、お帰りって言って笑って」
「勿論だ」
「好きって言って」
「何度でも…飽きる位言ってやる」
「じゃあ…」

荒輝の胸から離れた静貴は、鼻先がぶつかりそうな距離まで顔を寄せた。
ぼやけた視界の中で微笑む荒輝は、とろけそうな程生温い。
そんな荒輝が好きだと思った。

「もっかいキスしよーぜ」


ゴミ袋の中の思い出も来るべき未来も、今度は二人で抱き上げようじゃないか。
とりあえず手でも繋いで、切れたままの角砂糖を買って。

毎日お前好みの珈琲を入れてやるって言ったら、こいつはそれがプロポーズだと気づくだろうか。

「静貴、毎日俺好みのコーヒーを入れてくれ」

やられた。

END